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ポイント入ってるもの

アイドルがヒーロー!?

作者: 末吉

残念ながら連載にならないかと思います。

「……ハァ、ハァ、ハァ」


 自転車で家から走って二時間。集合場所まで残り約一キロほど。

 僕は乱れた息と肺の痛みに耐えながらペダルを回し続ける。

 今日のバイトはない。友達というか腐れ縁の奴がその事を知って今日という日に予定を入れてくれたのだ。タダだし、何より約束を守らないというのは人としてどうかと考えつつペダルをまわすのをやめない。


 と、そんな時だ。


 誰かが通りから飛び出してきたのは。


 その姿が見えた瞬間に反射的に力いっぱいブレーキをかける。タイヤが悲鳴を上げるかのごとくブレーキ音が鳴り響き、制動距離だけが伸びていく。


 止まって! と念を込めながらブレーキを握る。飛び出したその人はブレーキ音に気付いて僕の方を見て固まっている。その距離約一メートル。

 このままじゃヤバいと思った僕は体重を前に掛けて後輪が浮くのを感じながら頑張って車体を横に向かせ、左足を地面につけて速度を落とす。

 靴底が熱い。おそらく摩擦熱のせい。

 ここまでやって努力が実ったのか、自転車はその人の目の前で何とか止まった。


 僕は安堵の息を吐きながら自転車を降りて「大丈夫ですか?」と訊ねると、立っていたその人――よく見ると女性。誰かに似てる気がするけど――が何やら急いでる感じで「あ、はい! 大丈夫です!!」と頭を下げてきた。

 それなら大丈夫かなと「ではこれで」と自転車に乗っていこうとしたところ、「あの、すみません!」と言われた。


 一応加害者になりかけたので素直に自転車に降りて「なにか?」と訊くと、「その自転車、貸してもらえませんか!?」と必死そうな声でお願いされたので、まぁここまで来れば走っても大丈夫かなと思い頷くと、「すいません! 自転車は後で必ずお返ししますので!!」と行ってその人はスカートにも拘らず自転車に乗って僕が行こうとしている方向へ猛スピードで行ってしまった。


 取り残された僕は頬を掻きながらまぁいっかと考え直し、とりあえず走って向かうことにした。


 ……んだけど。


「お前、こっちの方に来た女どこ行ったか知らない?」


 ……現在そのすぐ先の路地裏で羽交い絞め状態でヘルメットっぽい何かで顔を隠している女の人に詰問されている。いや、この場合は尋問かな? ナイフか何かがのど元にあるみたいだし。

 少なくともこの場にいるのは二人。おそらく僕の自転車に乗った女性を探しに来たとかそんな理由だろう。

 というかなんで顔を隠して服装の露出がすごいのだろうか。傷というよりはもはやわざとそう言う服にしましたとデザイナーが主張できるね。

 そんな風に考えていると、苛立ったのか、焦っているのか、語気を荒げてもう一度同じ質問してきたので正直に「まっすぐ僕が行こうとした方へ行きましたよ、おそらく」と答えた。

 その答えを聞いた目の前にいる人は「ったく。あの子は……!」と苛立って吐き捨てた後に「もういいわ」と言ってナイフをしまってくれた。ついでに羽交い絞め状態も解除してくれた。


 血なんて出てないよねなんて思いながら喉元をさすっていると「すまなかったわ!」と言って僕の眼前から消えてしまった。


 一瞬呆けたけれどすぐさま我に返った僕は、時間のロスの帳尻合わせのためになりふり構わず駆け出した。






「ギリ……ギリ…………」

「なんでお前走って来てるの? 自転車で来るんじゃなかったの?」

「…………」


 息を整えるので精いっぱいだから質問に答えずにいると、予定を入れた腐れ縁がため息をついて僕にペットボトルを差し出した。


「ほれ。報酬その一」

「……追加が欲しいね」

「こっちだって小遣い溜めてきてるんだよ。約束は変わらんからな」

「……まぁいいさ。報酬がもらえるのなら」


 そう言いながら僕はペットボトルを受け取って一気に飲む。

 大量に吹き出る汗が服に沁み込んで冷たさを感じていると、「……大丈夫か?」と訊いてきたので、僕は先程の質問に答えることにした。


「僕が走る原因は人を轢きそうになって止まったら、自転車を貸してくれと頼まれてね。仕方ないから貸して、走ってきたわけ」

「なるほどな……お前のその実行力には本当に恐れ入るぜ。これで友達をつくる実行さえしてくれればなー」


 そう言って上を見上げる腐れ縁に対し、僕は彼の時計を覗き込みながら「もうすぐ入場開始時間じゃない?」と話を変える。

 すると彼も時計を見て「マジだ! ほら、チケットだ!! さっさと並ぼうぜ!!」と言ったので、ライブ会場(・・・・・)であるとあるドームの入り口で並び始めている人の方へ向かった。





 割と早い方に並べた僕達。前の人たちが入っているのを観察していると、不意に隣の腐れ縁が「悪いな付き合わせて」と呟いた。


 僕は欠伸をしてから「別に」と素っ気なく答える。


「ファンクラブにまで入ってる姿なんて、あまり見せられたモノじゃないよね」

「別にいいだろうが。俺はこのグループが好きなんだから!」

「はいはい。叫ぶより先に進もうね」


 腐れ縁が叫んだということはグループがいかに素晴らしいかという説明が長々と始まるのを知っている僕は背中を叩いて進む。

 叩かれた彼は背中をさすりつつ「お前の叩き痛いんだよ」と呟きながらも前へ進む。


「ところで僕達の席って?」

「ん? 本当は最前列の方がよかったんだけどよ、あそこ倍率高くて……俺達は二階のセンター側だな」

「大分遠いね」

「だから双眼鏡とか持ってきてるんだよ」

「気持ち悪いよ」

「はっきり言うなよ!? 俺一応半被まで準備して来たのに!」

「言っとくけど、僕は着ないからね」

「お前押しメンいないだろ」


 そんなことを言い合いながら僕達はついにドームの中に入る。

 中に入って目に入ったのは長蛇の列。その先を見ると『グッズ売り場』という幟が。

 みんな買うんだと思いながらそのまま並んでいると、「お前なんか買うのか?」と質問してきたため「高値で売れたらね」とだけ返しておく。


 もっとも、僕と付き合いが長いのだから彼は買わないことを知っているだろうけど。


「転売目的かよ」

「失敬な。リサイクルショップに出すだけさ」

「それはそれで顰蹙買うだろうけどな」


 すでに後ろの人の視線が厳しい。彼らは熱狂的、あるいはそれに近いファンなのだろう。

 だけど僕はそうじゃない。今日は約束があって来ただけの人間だ。俄か以下の初心者なのだ。そんな親の仇のような視線で見られても僕はどうすることも出来ない。


 空気的に間違っているのは薄々気づいてるけど。そんなことを思いながらも、やはり僕はスルーしようとして、不意にとあるものに目が留まった。


 それはとある女性の写真。長い黒髪で清楚そうな笑顔をカメラ側に向け、両手で花束を握っている写真。

 思わず立ち止まってマジマジと眺める。そんなまさかと思いながら。


 まさか――僕が轢きそうになった人?






「え、マジで?」

「多分マジ。僕の記憶力疑ってる?」

「いや疑う訳じゃないけどよ…なんだってかりんちゃんが自転車で急いでたんだよ」

「コンサートに遅れそうになったからでしょ。働く人間にとって遅刻は印象が悪い以外の何物でもないからね」

「なるほどね……ってか、結局買わなかったなお前」

「買って経済を回す人間になるほど余裕なんてないよ」

「……だったな(・・・・)。すまん」

「別に」


 入場して自分達の席に着いた僕達は照りつける太陽の中そんな会話をしていた。

 今の日付は六月の日曜日。梅雨明け前だけど運よく晴れた日で、このコンサートを行う日である。

 晴れると予想された日だからここにしたのか、それとも前から決まっていてたまたま晴れたのかなんてとくにもならないことを考えながら片肘をついて顎を支えつつ今の感想を呟く。


「暇だね」

「なら語るか? もちろん開始時間にはちゃんと間に合う版で」

「『レスチャー』の説明は今までで六十三回聞いてるから覚えてるよ。そしてその時間はこの待ち時間を軽くオーバーすることも覚えてる」

「くっそ。無駄に記憶力が良いな」

「このぐらいの取り柄なんてないと人生やってけないよ。特に、僕みたいな(・・・・・)やつはね」

「……なぁ」

「?」

「わざとテンション下げにかかってるだろ」


 さすが腐れ縁。僕の考えが読まれるとは。

 まぁ周囲の人間から外れてるのは自覚してるけどねと思いつつ舌を小さく出すと「野郎のそのジェスチャーを見たいと思う奴いないだろ」と一蹴された。


「だろうね」

「ならなぜやったし」

「さらにテンションを下げさせるため?」


 割と冗談なその答えに対し、腐れ縁はなぜか距離をとっていた。


「……マジで?」

「何言ってるの。冗談だよ」

「ああそうか。お前表情変えないから本気かと錯覚したぜ」


 互いにハハハと笑いを浮かべる。と同時にいきなり大音量が響き渡ったので始まったんだなと思いながら席を立つ周囲の人たちに合わせて一度席を立ち、歓声が上がったところで座って目を瞑ることにした。


 まぁ寝れないね。うるさくて。


「みさとちゃーん!!」


 腐れ縁ですらメガホンで声量あげて叫んでいるんだから。


 ここに来た人たちは先程言った通り五人組アイドルグループ『レスチャー』のライブを見に来ている。

 僕はというと、ただの付添。

 腐れ縁と一緒に行く予定だったらしいクラスの人が急にいけなくなったからという連絡を前々日に受け、仕方なくというかまぁよしみで来ている。

 僕は移動の疲れで足に乳酸菌が溜まっているのであまり立ちたくない。故にこうして座っているけれど、全員が全員立っている上にテンションが鰻上りにあがっているので場違い感半端ない。


 ああ。レスチャーというグループを紹介してなかったね。ぶっちゃけ興味がないから名前と特徴だけしか覚えてないけど、腐れ縁押しメンの『みさとちゃん』に自転車強奪の疑いがある『かりんちゃん』、あとは強気な『つばきちゃん』に年長者でリーダーの『みれいちゃん』、不思議系の『ふらんちゃん』の五人。


 僕みたいに余裕のない人間にとってはどこがいいのか分からない芸能人を見るという行為。これは個人的主観であるために文句を言われても仕方がないのかもしれないけど、これを見に来てグッズを買って帰るというのは理解がしがたい。

 そのぐらいのお金があれば二ヶ月ぐらい余裕で生きていけるだろうに。そんなことを考えてため息をついた僕は、ぽっかり空いたように見える空を見て時間を潰すことにした。




 そのライブが終わり。

 握手会なんて興味のない僕はみんなが移動している中独りドームの一番上の方から外へ飛び降りる。

 このぐらいの高さなら別に怪我をすることはないし恐怖心もない。

 多少僕がずれていることは認めるけど、それがどうしたと言える気はある。


「っと」


 衝撃が伝わって少しよろけた僕は地面に手を付けてからゆっくり起き上がる。

 周囲に人の気配はない。まぁみんな移動しているから当たり前か。


 どこで待っていようかなどと考えつつ歩きだそうとしたところ、不意に見たことあるものが目に飛び込んだ。

 どこにでもありそうな自転車。籠のフレームは凸凹、サドルの位置調節は錆びて使えず、ペダルの部分に亀裂が入り、タイヤがよれよれの。


「ただし防犯登録なし、と……完全に僕が持っていかれた奴じゃん」


 一通り近くで観察して確証を得た呟きをして離れる。警備員の人に何言われるか分かったものじゃないのはよく知っているからね。

 こんなひどい自転車でここまで普通に来れるってすごいねと乗っている僕ならではの称賛を送りつつ、近くの自動販売機へ向かう。


 僕は携帯電話を持っていない。だから目立つような場所で待たなければならない。

 まぁすでに目立っているだろうねと思いながら自動販売機前で出てくる人を見ていると、「動くな」と背後から脅された。背中にナイフを押し付けられて。


「……なんですか突然」

「お前に恨みはない。が、『レスキューガールズ』の餌となってもらう」

「……」


 渋く、低いその声は僕に人質としての身分を与えてくれるという。が、僕には一体何のことだかわからない。

 分からないけど、心底どうでもいい。きっとロクでもないことだ。今までの経験でそう考えられる。

 僕のだんまりを是ととったのだろう。後ろにいる奴は背中にナイフの感触が伝わり、なおかつ切れないギリギリの境界で押し付けて「進め」と指示を出してくる。


 とりあえず従っておこうかと流れに乗ることにした僕はゆっくり歩きだそうと一歩踏み出し――それを軸足にして体を反転させて対峙し、手刀でナイフを落としてから顎を蹴り上げる。


「グアッ!」


 背後にいた男は顎を蹴られてのけぞる。それを見た僕はバックステップで距離をとる。

 周囲にいた人たちが落ちたナイフと男の姿を見て悲鳴を上げて逃げ惑う。正直な話遅いけど、それを言う気はない。

 男は怒りの目を僕に向けて叫んだ。


「許さんぞ小僧ぉぉ!!」

「別に許してもらおうと思ってないからいいです」

「死ねぇ!」


 そう言うと地面に落ちているナイフを拾わずに一足飛びで僕に飛び込んできた。

 なんで逆上しているんだろうかと思いつつ男が右手で殴るモーションをしたので、僕はその右手をつかんで後ろに投げ飛ばす。

 体格はいいのにもったいないと思いながら振り返ったところ今度は僕の事をつかもうと手を広げて接近してきたので、左のストレートを顎に打つ。

 たったそれだけで男は膝から崩れ落ち、僕を見上げる。


 逆に見下ろしながら拳を柔軟させていた僕は、さっさと意識を途切れさせるためにもう一度顎を蹴り上げる。

 もろに食らった男はそのまま地面に倒れ込み、そのまま動かなくった。

 終わった僕は腐れ縁を置いてさっさとそのドーム付近から離れることにした。



 レスキューガールズとレスチャー……まさかね。


 そんなくだらないことを思いつきながら。






「あ、いた」

「俺を待っててくれたのかよ? っつぅか、あれから大変だったんだぞ? どうせ暴れたのお前だろ?」

「暴れたなんて失礼な。脅されたから正当防衛だよ」

「あーはいはい。警察に話を聞かれたけど見てなかったからお前の事を黙っといたぞ。他の人たちは結構あやふやな証言してたから多分それ以上進めることはないだろうな」

「だといいけどね」


 腐れ縁が帰りに乗るだろう電車の駅前の自販機前で待っていたら一時間ぐらいで見つけたので声をかけ、その後を聞いてみる。どうやら警察が来てみんな拘束されていたそうだ。


 僕の事を黙ってくれていた腐れ縁に感謝をしつつ、「でも、偽証罪で怒られると思うよ?」というと、「そりゃないだろ」と笑って言う。

 そのままの流れで僕達は駅の切符売り場へ向かって腐れ縁だけ切符を買い、改札口前で話をする。


「なんていうか、ありがとな」

「まぁ気分転換にはなったね。最近ピリピリした仕事ばっかりだったから」

「いつまでそんな生活するつもりだよ」

「……さぁてね。日々を生きるのに必死だから、考えたこともないよ」

「ったく」


 そう言うと彼は改札口に切符を通して向こう側へ行く。そして少し歩いてから、振り返っていった。


「帰ったら飯食いに来いよ! あんまり遅いと無理だけど!!」


 それに対し僕は苦笑しつつ「まぁ頑張るよ!」と返事をして駅の外へ向かった。


 彼が降りる駅と同じ町にある、彼の隣の家へ帰るために。






 時刻は午後八時。辺りはもう真っ暗で、人通りもそんなにない。

 途中怪しい人に何回かからまれたけど全員を寸止めのストレートで追い返しつつ歩いて帰ってきた僕を待っていたのは、売地となっている我が家だった土地だった。


 元々僕にとって家の重要性は低い。精々思い出があったというもの。

 最悪野宿で生活できる程度には雑食になっていると自負できる自分だけど、突然のことに立ち尽くしてしまった。


 理由は簡単だ。返済期間がまだまだ先であったはずなのにいきなり差押えされたのだから。


 他に借りてた記憶ないしあそこ以外催促しなかったからないとばかり思ってたんだけど……そんな風に考えていると、隣の家から約四時間ぐらいに別れた腐れ縁が家を飛び出して僕を呼んだ。


「おい(とおる)! お前の家のもの、昼間全部黒服の奴らに持ってかれたんだってよ! しかもあいつらじゃなくて別な奴!!」

「……ああそう」

「そいつが『彼が来たら電話してもらいたい』とか言ってうちに電話番号を書いた紙置いて行ったんだ! だから電話してみろよ!」


 そう言われて様々な可能性を思い浮かべながら歩く速度が極端に遅くなってるのが分かる程度の速さで彼の家に行き、「お邪魔します」と言って電話を拝借して彼が渡してくれた紙に書かれた電話番号にかける。


 電話はすぐに出た。


『もしもし』

「電話をかけてくれと言われたそうなので掛けました」

『なるほど。ならすぐにそちらに向かおう』


 そう言うとすぐさま電話が切れた。

 随分と冷静な声だと思う半面、聞き覚えのない声に僕は内心で首を傾げる。

 過去を軽く振り返ってみても一切聞いたことのない声。返済先の担当が変わったのだろうかと考えてみてもそんなことは絶対にないのは記憶にあるので益々不思議なことになる。


 受話器を戻した僕は、頭の中に疑問を浮かべながら「お邪魔しました」と多くを語らずに腐れ縁の家を出ることにした。



 外で待つこと三十分ほど。

 見るからに高級車が僕の目の前に止まり、後部座席の窓ガラスが空いて電話してきた人だと思われる人物が顔を出して訊いてきた。


「君が久世原徹君かね。親が残した借金を返済している」


 僕はどこまで調べたんだろうかと思いながら「間違いありませんが、あれ(・・)を親だと思ったことは一切ありません」と答えた。


「そうか。なら用件を言おう」


 確認が取れて満足したのかすぐさま本題に入るらしい。何がうれしいのか顔が若干ほころんでいるように見える。

 イラッとしながら言葉を待っていると、その苛立ちがどこかへ行った衝撃的なことを言われた。



「本日をもって私は君を彼らから買った。渋々だったが借金の残額を払ったら君に関するものを一切譲ってくれた。というわけで、君には私の会社のとあるマネージャーをやってもらいたい。当然、住む所などはこちらで用意する」

「…………へ?」


 情けないことに出た言葉はそれだけだった。







 僕の名前は久世原徹。年は十六。自己紹介としてはクズのせいで借金返すために色々やったといえる高校一、二年生が適齢な人間になる。

 基本的な家族構成としては母親と二人きり。クズは妹を連れて逃げ出したので、殺せるなら殺して海に死体を投げたい。

 その母も事情があって働けないので、六歳から学校にも行かずに働いている。


 ということは十年か……よく働いたな、僕。


 手取りの半分を借金元へ、残り半分を生活費諸々だった生活をしてたという話から一転、何故か僕は目の前にいる高級車に乗っている人に買われたという。

 どうでもいいけど人身売買って犯罪だよね…なんて思いながら「表向きは養子とかそんな所ですか」と我に返って確認すると、「そんなものだな」と言われた。


 顔は帽子を深くかぶっているせいで分からない。声からして男だというのは分かるけど、それ以外の情報は記憶できない。

 そもそもどうして僕の存在を知ったのだろうかと思考に耽っていると、「乗りたまえ。話はそこからだ」と言われたのでおとなしく乗――


「徹!」


 ――ろうとしたところで腐れ縁が家から飛び出して叫んだ。

 僕は反射的にドアノブから手を放して彼に向き直り、「何?」と訊ねる。


「お前、行くのかよ」

「まぁそうするしかないね。なんせ、この人が僕の事を養子にすると言ってる様だから」

「……マジで?」

「詳しい話は分からない。けれど、どうも色々とあっちと話をしたらしいというのは確か」


 そう言うと車をちらっと見てから「良かったな」と振り絞るような声で言ってきた。


「今生の別れみたいな雰囲気出してるところ悪いけど、泣き顔されても困るよ」

「いや酷くね!? そこは普通、こう、感動的な場面じゃないのか?」

「会えるかもしれないのに感動とか、要らないでしょ?」

「……そうだな」


 脱力。

 それを見て安心した僕は「それじゃ」と行ってさっさと車の後部座席に乗り込んだ。


 その直後、車は出発した。

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