ダヤスの苦悩
「はあ~っ。」
とひとつ、ダヤスはふかくためいきをついた。
と、いうのも内容はあの問題児、ユースィリアのことについてだが。
あの少女はいったいどうしてこうも問題児なのだろうか?ダヤスのため息は重かった。
そもそもだが、ダヤスといえば有名な風の魔法使いとして有名である。特性はそのまんま風で、リューゼクタ学園を母校とする彼は、在学時より有名な優等生であった。卒業後にこえをかけられて教師にはなったものの、まさかこのリューゼクタ学園で面倒な方の問題児を見ることになるとはついぞ思わなかったのである。その証拠として、問題児について議題があがらなければ、ダヤスのもともとの担当はA クラスだったのだ。
そもそも、問題児といえば公共施設破壊やら問題行動やらを繰り返すのが一般的である。
そのため、結果は一目瞭然なので処罰や対処が楽だ。
けれど、ユースィリアはそうではなかった。たしかに問題行動は起こすが、それも授業中の睡眠であったり突然のサボりであったりといったもので、個人以外に実害はないのだ。
実力主義のここでは、ついてくるならこい態勢なのでそんな生徒は基本無視である。これでいて成績がわるくて進級ができないのならば話は違っていて、いまごろ退学かよくて一年だけの猶予期間が与えられていただろう。けれど、ユースィリアはたしかに成績は低いものの、毎度毎度なんとも面倒なことに単位や進級基準のギリギリをとってくるのだ。
あんなサボりばかりのせいとのどこにそんな単位があるのかと聞きたいが、学園長が黙認しているかぎりそれは愚問というもの。
だからこそ彼女はいままでここにいるのだが。まあここにいるならいるでダヤスは面倒などほんらい授業だけで十分で、あんなたたき起こしなどやらなくてもよいのだ。
でも、それでもどうしてもダヤスが放っておけないのは...。
「なぁにぃ。またミッシング・ドールちゃんのことぉ?」
とつぜん、左隣より聞こえたオネエの声に、ダヤスは鳥肌を総立たせた。
「あー。まあ、そんなとこだ。」
ふうん、とムキムキマッチョなおみ足を組んだオネエをできるだけ視界にいれないようにしながら、ダヤスは考えた。
ミッシング・ドール。それすなわち、欠落人形。
むかしより美しい薔薇にはトゲがある、と言われるが、それはなにもトゲに限ったことだけではない。
入学初日でつけられた彼女のあだ名。その名があらわすところはつまり...。
「残念な美少女。」
はあ、ともう一度ため息をついたダヤスを見て、ムキムキマッチョなオネエこと、ゴンザレスはんふふ、と笑った。
ダヤスがいま考えていることは、8割ほどゴンザレスに筒抜けだったりするのだ。
それに...。と、ゴンザレスは思う。
みんなは残念だ残念だなんていうけれど、アタシはそうは思わないのよねぇ。
ゴンザレスはんふっ、と鼻にかかった声を漏らす。
ミッシング・ドールこと、ユースィリア。
問題児、といわれる彼女が問題児である理由。
それはーー。
「あの格好さえなければ...はあ。」
...である。
珍しい黒髪に蒼のひとみ。そんな彼女の左目は、眼帯で隠されていた。事故でえぐれているやら病気で濁ったやらと噂はつきることをしらないが、本当のところは誰も知らない左目。それだけでもじゅうぶん変わっているといえるが、彼女の変わったところはむしろこんなところではなくて、彼女の私物にある。
というのもなんとユースィリア、でっかい黒うさぎのぬいぐるみとぶあっつい本を持ち歩いているのである。
授業の間もそばか膝の上に置き、片時も手放したりしない彼女はまさにミステリアス。そしてまさに残念。
そんなわけで、見えない左目と見た目のわりの残念さ、そして無表情でうごかないその容姿をかけてミッシング・ドール。欠落人形となったのである。
はあ、とダヤスはまたため息をつく。
もうなんどめなのだろうか。先程からため息ばかりのダヤスはほんと、さめてるふりして案外熱血よねぇ、とゴンザレスはほほえんだ。お互い同級生ということもあって、親友でもあった二人はなかがいい。だからこそゴンザレスはダヤスの分かりにくい性格をわかるひとりでもあるのだ。
「ほら、ため息ばっかり吐く唇ならアタシがふさいじゃうわよん。」
きみのわるい猫なで声に、ダヤスはピシャリと姿勢をただし、青ざめたまま仕事にうつった。
窓の外ではちょうど、ろうかをユースィリアがわたっているところで、ゴンザレスはそれに気づいてくすりと笑った。
...そんなふたりのようすもいざ知らず。お気楽なユースィリアは今日もきょうとて悩むのだった。
なんで友達できないの~!
ーー空にわたる鳥は、アホウと泣く。