38.夕焼け空(2)
それは、ヨモギがまだフィンドットだった頃の話。エンジェルリングに選ばれる前の話だ。
地下通路は、エンジェルリングが無ければ入る事ができないが、出る事は、出来る。ヨモギいや、フィンドットとフォンエッドは、父親に頼んで、週に一回、この地下通路で、遊んで居た。
遊んでいたおかげで、道も把握しているが、出口がどこでどんな風になっているかは、知らない。何故なら、城側にある入ってきた場所の扉しか開けた事がない。多くの扉で、似た様な扉があるが、2人しかわからない目印をつけて、いつも入った扉と同じ扉で、帰っていた。
しかし、興味本位で、一つの扉をフォンエッドが開けてしまった。
「兄さん!」
「何?」
扉の先に見えたのは、溢れるばかりの草花と見たこともない動物や魔物、森が、見えた。
「あれなんだろ?」
「森だよもーり」
「森には、何がいるの?
「さーな」
「解らないなら行ってみよう?」
そう言って目を輝かしながらそう言った。フィンドットは、目を逸らし後ろを向いた。此処は、2人しかいない。此処を出て、扉を閉めれば帰り道が解らない。
「帰れないかもしれないぞ」
「あ、そうか……でも、何とかなるかもよ」
「ならない。オイラたちは、城以外出た事がないから土地勘も何もないんだ。此処を出れば、入る事ができない。この地下通路でしか道がわからないだ。無理だ」
「えーー!良いじゃん!少しぐらい!」
そう頬を膨らせてそう言った。そんなフォンエッドを見て、ため息をはき
「ダメなものは、ダメ。魔法も剣ですらまともに使えない俺たち何だから、もし魔物とか出たらどうするんだよ。怪我をしたら?帰れなくなったら?死んだら?
将来どちらかが王となるオイラたちは、大人しくするべきなんだよ」
「じゃあ兄さんがなってよ。王様!俺は、あそこに行ってくるから!じゃあねー」
そう言って、走って、その場を後にした。それを見たフィンドットは、慌てて追いかけて行こうと数歩歩いて、後ろを振り向いた。
体で止めていた扉は、閉まっていた。
「ああああああ!」
やってしまった。やばい。やばい。帰れなくなってしまった。
フィンドットは、顔を真っ青にして頭を抱えた。父親との約束を破ってしまった事。帰れなくなってしまった事。見知らぬ場所になった不安で、一人ぼっちフィンドットは、涙を流しながらフォンエッドを追いかけた。
「ふぉおおん〜」
フォンエッドををつけたフィンドットは、涙を流しながら縋り付いた。
「うわ!どうしたのさ!兄さん!って、兄さんがいるって事は、扉が閉まってしまったんだね。あーそうか、そうか。兄さんは、帰れなくなってしまったから不安になったんだね。よしよし泣かないで」
そう言って頭を撫でて微笑んだ。フィンドットは、涙を拭き鼻水をすすり辺りを見た。知らない場所で、不安だ。不安で不安なフィンドットは、フォンエッドの裾を持って辺りを見た。森。夜でもないのに薄暗く幻想的な場所。
「魔物とか出ないだろうか?」
「そういう時は、兄さんと俺の魔法で何とかする!」
「ええー」
「兄さんと俺なら大丈夫だよ。何だって出来る。やる前からできないって言うのは、弱虫の特権だよ」
弱虫という言葉を聞いて、フィンドットは、頬を膨らませた。
「用心深いって言ってくれ」
「そう言えば、魔女の噂って知ってる?」
「話を逸らすな」
「その魔女って、ハーフエルフなんだって」
相変わらず自由で気ままなフォンエッドをみてため息をはき辺りを見た。
「知っている。エルフと人魚のハーフ。クク・エルメル・ルースだろ?
もうじき起きるであろう戦争に皮肉にも彼女が、活躍すると父上が考えているらしいな」
「うん。だけどさ、どうやら2人のエルフ共に小さな村に逃げ込んだらしいよ」
「逃げ込んでも父上の国家なんちゃらで、連れ出す事ができるだろ?」
王様の言う事は、絶対服従。その為に魔法兵士。妖精の加護。強みである魔法を生かした戦力。しかしホヌ帝国にとって怖いのは、鬼族。相性が悪い。鬼族に相性が悪いのは、亜人だが、時はすでに絶滅している。だから、エルフと人魚のハーフである彼女の力が必要だが、逃げて混んでいる。断れば、死刑にあたる命令を下せば、嫌でも従うだろうと思ったフィンドットは、腕を組んでそう言った。
「それが、強い結界がかけられていて誰も解く事が出来ないんだよ。どんなエルフでも解読不可能だった古い魔法らしく、簡単に解く事が出来ないらしいんだ。方式も解らないから解読に苦戦しているらしいよ」
「壊す事は?」
「出来ない。どんな爆撃魔法でもどんな強力な魔法でも傷一つもつける事が出来ないらしい」
戦争を反対する者が集まっているのだろうか?反対しても近々必ず訪れる。人間は、傲慢で被虐的だから未知の敵であるエルフを恐れている。
「人魚を仲間にしたいところだけど、彼らは、海の中に逃げ込んで、戦争が終わるまで、どちらとも仲間にならないと言っていたらしいね。人魚の血を待つ者だから彼女もそうなんだろね」
「でもまー魔女に頼らなくても父上が、集めた兵士だから負ける事は、ないけど」
そんな事を話していると、1匹の妖精がフィンドットの前に現れた。フィンドットは、目を大きくして、しばらく見つめ固まってしまった。
「もしもし〜おーい!…あちゃ〜どうやらこのわたしの魅力に見惚れてしまっているのかな?」
「よよよよよ妖精!?」
「うわあ!急に喋った!」
妖精は、フォンエッドのことに気がづき顔色を変え2人を見つめた。2人の顔は、瓜二つ。違うのは、髪の毛が長いか短いかの違い。瞳の色も、髪の色も顔つきも全て同じに見える妖精は、思わず
「分身している」
と言った。それを聞いたフォンエッドは、フィンドットの肩を持ちニッコリ微笑んだ。
「分身なんかしていないよ。俺たちは、双子。俺は、フォンエッドで、こっちは、兄のフィンドット。よろしくね」
「なーんだ!良かった。うちは、妖精じゃあなくて、四大精霊の1人のウンディーネだよ」
「四大精霊って、地水火風を司る精霊だよな?」
ウンディーネは、頷きフィンドットの頭に乗っかった。
「そうそう!うちは、四大精霊の中でも美しいと言われている地の精、ノーム!凄いでしょ!」
「美しいって…」
「なんか言った?」
「何も」
ノームは、たしかに今まで見た生き物の中で、綺麗だと思ったが、自分で言うのもどうかしていると思いながらフィンドットは、苦笑いをした。そんなフィンドットをみたノームは、
「君は、まるでヨモギみたいな人だね」
そう言って、立ち上がり飛んで何処かへ向かった。ノームが、向かった先は、大きな湖に白い花、そして生茂るヨモギがあった。
「あの花の名前は?」
「アレは、紫苑。紫苑は、どちらかというと、こっちの人だね」
名前を言わないだなって思いながら、フィンドットは、ヨモギをみた。
「君たちは、どうして此処に来たのかな?此処は、選ばれた人しか入れない場所なのに」
「さぁー解らないけど、俺たち迷子になって気づいたら此処にいたんだ。どうやって出られるの?」
迷子?不思議に思ったノームは、地面に座り込み何か考えている。フォンエッドは、首を傾げノームを見つめていた。
「迷子になろうが、ならまいが、此処に来れるのは、御子と騎士のみ。どうやら2人は、その素質があるみたいだね」
「みこ?きし?」
「えーと名前は…フォンなんとかと…フィンなんとか…だったけ?似たような名前で、どっちがどっちの名前なのか変わらないからヨモギとシオンで良いや、2人とも手を見せて」
良い加減でマイペースなノームに振り回される2人は、顔を見合わせてため息を吐き手を見せた。フォンエッドの手には、花のマーク。フィンドットのてには、ヨモギのマークがいつのまにか刺青のような物がつけられていた。
「おお!うちが名付けたものと同じマーク!流石うちだわ〜天才!」
「あの、これって」
「シオンは、御子。ヨモギは、騎士って事になる。そうだ!イフティナ様がいる所まで案内してあげる!」
精霊の母と言われているイフティナの存在は、知っているが誰もみた事はない。幻の幻。そんな風に思っていた2人にとっては、寝耳に水のような感覚だった。
「あの…みこ?きし?ってなに?」
「あ…あ〜そうか知らないのか〜もうそんな時代になったのか〜君たちは、まだ若そうだうだもんね。何歳?」
「そうすぐ80になる」
「という事は、御子と騎士が居なくなってからもう直ぐ500年は、経っているのか…現在の皇帝陛下さんは、神器に認められたけど、御子や騎士としての素質は、無かったからね」
そう言って頷きながらノームは、言った。違い何故ノームが父親のことを知っているのか不思議に思いながらフィンドットは、歩き出した。
「フォン、あの地下道を作ったのは、確かお祖父様だったよな?」
「うん」
「……やっぱり、あの噂は、本当だったか…」
「?」
フィンドットは、花を摘みフォンエッドをみた。
「これを母上にあげたら喜びかな?」
「でも怒られるよ」
「…近々、戦争が起きる。ノーム、おいらたち、何をしたらいい?」
その言葉を聞いたノームは、悲しい目で、飛びふいの肩に乗った。
「何もしなくて良い。バルキニー様が、悪者を倒してくれる」
「バルキニー?
「バルキニー様は世界を守る者。正義の味方。ヒーロー。勇者って言われている全て同じ者で、バルキニー様をさす。
悪がいる場所に必ず彼女がいる。世界のバランスが崩れそうになった時に現れる」
ノームは、空に手を翳し目を閉じた。
「バルキニー様は、精霊なの?」
「人間であり精霊。人間でもない精霊でもない曖昧な存在」
人間でもない精霊でもない曖昧な存在。そんな存在に世界を任せても良いのだろうか?勇者であり、ヒーローであり、正義の味方である存在が本当にいるのだろうか?フィンドットは、呆れた顔で、目を細めた。
「そんな曖昧な存在に世界を任せても良いのか?」
「うちの話が信じられないなら、自分の目で確かめると良いよ。今日から100日後に解るからさ」
そう言って、消えて行った。100日後。どうして、それが解るのだろうか?この先にイフティナがいるのだろうか?案内をすると言って消えてしまったノームは、何処に行ってしまったのだろうか?少し歩くと、一際、目立つ綺麗な女性が座っていた。
「ようこそ、エルフの子よ」
「えーと君が、イフティナ様?」
「ええ。よく分かりましたわね」
そう言って、優しく微笑んだ。その笑顔にフォンエッドは、顔を赤らめて、目を逸らした。
「イフティナ様は、お祖父様の事を知っていますか?」
「ええ。よく知っていますわ」
その言葉に安堵したのか、フォンエッドは、安心した顔をしたが、直ぐに疑問に直面した。
「お祖父様が、心が清らかな者なら此処に辿り着けるって言っていた。だけど、お父様は、此処には、辿り着けなかった。と言う事は、お父様は、清らかではなかったって事?」
「はい」
「もう直ぐ、戦争が起きる。オイラたちは、何をしたら良い」
ノームにも言った言葉をもう一度言った。言葉を聞いたイフティナは、悲しい顔でこう言った。
「残念ですが、戦争は、先ほど始まりましたわ」
「え?」
「外へ出て自分の目で確かめると良いですわね。シルフ」
するとノームとは、違う妖精の姿をした精霊が、2人を案内をした。森の外を見ると、西側が赤く見えた。
「嘘だろ?」
フィンドットは、走って近寄ってみると、多くの人間とエルフが、死体が転がっているが、比較的に人間よりもエルフの遺体の方が多い。吐きそうな臭いがする。人が焼けた臭い。
勝利を確信していたせいなのかフィンドットの目には、其処は、地獄にみえた。
「兄さん隠れた方が…」
フォンエッドの言葉で我に帰ったフィンドットは、近くにあった大きな岩の後ろに隠れた。
「殺せ!」
「逃すな!捕まえろ!」
「何だよ…あれ?化け物か?」
「影が…」
これが戦争。これが戦い。フィンドットが耳を塞いだ瞬間、岩に血が飛び散った。震え上がる鼓動と恐怖。見つかったら殺される。人間に見つかったら王子である2人は、確実に殺される。震える手を2人は、握った。
「おい、其処のエルフのガキ」
見つかってしまったと思った瞬間、口から心臓が出そうになり、目から涙が出た。声の主は、話を続け出した。
「安心せい。ワシは、ガキまで殺さんよ。じゃけど此処にいると危ないけん家に帰り。幸い魔法感知出来る鬼族は、ワシしか居らん。じゃから、今のうちに逃げろ」
そう言った。鬼族が言う通り逃げない。逃げないと。そう思っていても足が竦んで、動けない。怖い。怖い。怖い。震える足。固まった筋肉。フィンドットは、動けずにいた。そんなフィンドットをみてフォンエッドは、目を閉じ深呼吸をした。
「シルフ。少しだけ力を貸して」
そういいかな声で言って、フィンドットの手を引きたい。
「風のように速く走れば、逃げられる。大丈夫。俺たち2人だったらなんだって出来る。そうでしょう?」
フォンエッドの手は、震えている。フォンエッドもフィンドットと同じように怖い。でも、進もうとしている。フィンドットは、深呼吸をして、頷いた。
「そうだ。2人ならなんだって出来る」
そう言って2人は、シルフの力を借りて疾風の如く走りその場を後にした。