37.夕焼け空(1)
ヨモギは、不安を感じた。弟を殺す事が出来るのかを思うだけで手を震えた。プルートは、もう直ぐだ。怖い。怖い。例え生きた死体だとしても、血を分けた弟だ。
「……もうすぐ着きますね」
その言葉にヨモギは、前を向いた。遠くに僅かだが確かにプルートが見える。ヨモギは、息を飲み皆にこう言った。
「準備は、良いか?」
「バッチコイ!です」
「行くぞ」
そう言ってヨモギは、歩き出した。彼は、いたって平然のように見えるようにしている。しかしルリラナとミウは、顔を見合わせてた。すると何か思いついたのか、ルリラナは、ミウに耳打ちをして頷きザックにラルク、トラード、ビオラへと耳打ちで広めた。ルリラナの案に乗ったのか、全員が頷き顔を見合わせて、足を止めた。
「もう!歩き過ぎて疲れたわ!休憩しましょう!休憩!」
「いや。此処で、休憩をしたら悪目立ちするじゃろ」
「でも私は、もう歩けないわ!それでも進むって言うなら……おんぶしなさい!」
「ええー」
ルリラナは、しゃがみ込みむっくりとした顔で、動かなくなった。それを見たヨモギは、ため息をはき辺りを見た。
「あの辺りで、休憩をしてから行こう」
「そうだな。それで良いだろ?ルリ」
「やった!良いわ!……それで良い……」
「……?」
ルリラナの言葉の意味が解らずヨモギは、首を傾げた。ルリラナは、一早く座り込んだ。ルリラナの隣にラルク、トラードと円になるように座り何時もと違う様子の皆に不思議に思いながら皆がいる場所と別の場所に座った。それを見たザックは、ヨモギの肩を掴み無理やりラルクの隣に座らせた。
「何するんだよ」
「そうだ!ハーブティーを飲みたくなちゃった!少しお湯を沸かすね!皆んなも飲むよね?」
「ちょうどスコーンとクッキーを持っているから皆んなで食べましょう」
「良いですね!ジャムもありますし付き合わせにどうですか?」
「てぃーたいむじゃな!」
ヨモギは、皆のやりとりを見て少しだけイライラした。不安もなく緊張感もない。呑気にお菓子とお茶を飲んで、楽しんでいる彼らを見ていると胸焼けがするヨモギは、俯いたまま立ち上がった。
「今からオイラ達は、何をするか解ってるのかよ!?」
「解ってる」
「だったら……ーーーー!」
次の言葉を言いかけたヨモギの口にラルクは、クッキーを入れた。
「だったらなんだ?そんな気持ちで、やれるのか?」
やれるのか?殺れる。殺せる。弟を殺せる。胸が苦しい。怖い。そんな不安と恐怖が、皆に気づかれている事にヨモギは、解り目を見開いて前を向くと、ふんわり香るハーブティーがヨモギの前に置いてあった。
「緊張や恐怖なんて、消される訳じゃあないけど、気を紛らす事は、出来ると思うわよ」
「そうだよ!ほらほら、今は、少しでも休んで、美味しいハーブティーとクッキーをほらほら食べて!」
「スコーンもあるけん!食べ食べ」
「そうすれば、元気モリモリにになって、頭もスッキリしますよー!」
そう言って皆は、にっこり微笑みヨモギを見た。その笑顔を見て、ヨモギは、目をそらし
「あ、甘い物苦手なんだよ」
「知っていますよ」
トラードの一言で、皆は笑いヨモギも笑った。
「何だよ。それは」
とそんな事を言いながらハーブティーを飲んで、スコーンを一口食べた。ふと、幼いころ弟と一緒に食べたスコーンを思い出しヨモギの目から涙が流れたのに気がづき涙を拭いた。
追放されてからずっと一人だった。弟に信じて貰うために何度も城に侵入した。しかし兵士も誰も偽者だと言われ信じてくれなかった。牢屋にも入れられた。泥水も飲んだ。髪もボサボサで服もボロボロになり体も痩せ城にいた頃と別人のようになってしまった。心も体もズタボロになりながらも誰かにヨモギは、自分の存在を信じて欲しかった。
本当の名前を名乗れなかったヨモギは、雑草であり薬草でもあるヨモギと名乗る事にした。そして、悲しみも苦しみと寂しさも隠してしまう道化師になろうと決意をした。
しかし今は、違う。自分を信じてくれる仲間がいる。年齢も種族も地位も違う仲間がいる。
「どした?舌でも火傷したん?」
「いや……懐かしくて……つい……」
ハーブティーを飲んで、目を閉じた。夕日を見ながら二人で誓ったあの日の約束。今でも胸の中にあるヨモギは、決心がついたのか、皆を見た。
「ありがとう皆んな。もう平気だ。おいらは、やるよ。フォンのためにも……」
凛とした顔で、そう言った。
悲しんでいる場合ではない。苦しんでいる場合ではない。フォンエッドが犯した罪は、重い。そして、ヨモギ自身も罪はある。
「さてと、ティーパーティーもお開きにして、プルートに侵入するとしますか」
「そうだね。心も体もあったまったことだしね」
「準備は、良いか?ヨモギ」
ヨモギは、頷きエンジェルリンクをみた。罪は、重い。身分を隠し、自分の身を守ろとした。そして、誰かに認められるように、誰かの救いの手を待っていた。でも、本当は、それが間違いだと気づいていた。
偽者だと言われても、貶されても、罵倒を言われても、体がズタボロになろとも心だけは、折れてしまったらダメなんだ。諦めたらダメだったんだ。
フォンエッドは、ヨモギいやフィンドットを求めていた。解っていた。解っていた。逃げることで、楽をしようとした自分自身が憎いヨモギは、じっとプルートを見た。
「どうやって、此処に入ろうか」
「そうですよね。あの一件から逃げるように此処から出て行きましたからこの前の方法は、難しいですよね」
「ヨモギのワープ魔法は?」
ヨモギは、首を振りこう言った。
「昔、その魔法で、侵入しまくっているからセキュリティがかなりハードになっている」
「えー……」
「うむ〜……此処まできて侵入が出来ないって」
ミウは、考えながら辺りを見た。もう、顔を知られている彼らにとって此処から入ることは、出来ない。ふと何か思いついたのかヨモギは、にっこり微笑んだ。
「まだ、地下道が使えるなら侵入は、可能かも知れない」
「地下道?」
「ああ。少し離れた場所に地下道に続くトンネルがあるんだ。隠し道の一つで、もし城に襲われた時、王が逃げる為の道だから城まで続いている筈だ」
「なら、その皇帝陛下様も知っている筈だぜ」
「そのへんは、大丈夫だ。例え知っていてもおいらが居ないと通れないから」
そう言って、空を見た。
父親は、ヨモギを王にしようとした。それは、ヨモギが小さい頃、一冊の本を譲り受けた時、気がついていた。しかし、ヨモギは、フォンエッドを陛下とし、自分を殿下とした。それは、息子であるヨモギとフォンエッド…双子の兄弟を見分けがつかない父親に対しての少しだけの反抗だった。でもそれは、父親がいないのでは、無意味だと分かっていた。
「案内を頼みますよ」
「ああ」
ヨモギは、皆を連れ隠しトンネルへと向かった。少しだけ歩くと確かに隠れるように鍵付きの扉があった。ヨモギは、扉に手を立て深呼吸をした。するとエンジェルリングが反応して、扉が開いた。
「おお!」
「行くぞ」
そう言って、中へと入って行った。
ヨモギは、この道を歩くと思い出す。牢屋に入れられ、菅師の目を盗んで逃げ出したこの道。どんな魔法でも、どんな武器でも壊れない扉は、代々王家に受け継がれるエンジェルリングでしか、開ける事が、出来ない。これを持つことが出来るのは、皇帝陛下のみ。逆に言えば、エンジェルリングに選ばれた者が、皇帝陛下になると決められていた。
それが、前王と血の繋がりがなくても、赤の他人でも、例え選ばれた者が当年の間に居なくても数年、見つからなくてもエンジェルリングが中心だった。
ふとヨモギは、壁を見た。
「随分と古い絵ですね」
隣を見るとトラードがいた。ヨモギは、絵を触り悲しい顔でこう言った。
「フォンと描いた絵だ」
此処は、懐かしい場所だ。この道を通ると思い出す。此処で弟と隠れんぼしたり、探検をしたり、迷子になって父親に怒られた事もある。
「この絵は、おいらとフォンとの夢と約束なんだ」
思い出したく無かった。弟の楽しかった事を思い出したく無かった。これから殺す相手のことを思い出せば思い出すほど悲しく辛い。相手は、もう既に死んでいると分かっていても、悲しい。悲しい。
俯くヨモギを見たトラードは、ヨモギにこう言った。
「大切な人の記憶があるって良いですね」
旅のきっかけを作ったのは、自分だ。トラードは、メデューサを心から憎んでいた。憎くて憎くて仕方なかった。胸が焼けるほど、目から血の涙が出そうなほど、憎悪が溜まっていた。
優しい顔をしていても、涼しい顔をしていても当時のトラードは、メデューサを許す事が出来なかった。しかし、その感情も記憶も嘘。いくら憎悪の塊だったけれども、メデューサは、自分の母親。
「嫌味か?」
「違います。僕は、大切な人…母さんの思い出の記憶に上書きされて、母さんが、メデューサに殺されてしまったと思い込んでいました。けれど、本当は、母さんがメデューサだったです。恨んでいた人が、大切な人だと解らず…いや母さんの顔ですら忘れしまっていて、彼女が死んでも親だと未だに実感が湧かないです」
「どうして、そいつが親だと解ったんだ?」
トラードは、困った顔で、ヨモギを見て、片目を押さえた。
「ナムが教えてくれたんです。子として最低なことかも知れませんが…あの時は、悲しかったし辛かったけれど…彼女に対しての恨みや辛み、憎しみが、長かったせいで、それ以上の感情が無いです」
「………昔…此処で、オイラとフォンとある約束をしたんだ」
突然ヨモギは、語り始めたことに驚いた顔で、トラードは、ヨモギを見たが、悲しい顔で、絵を見ながら語るヨモギを見て、耳を傾けるとこにした。