34.幸福の鐘(5)
その頃、ジュランは、町外れにある教会の中庭にいた。
「ジュラン、儀式を始めよう」
「うん」
ジュランは、知っている。儀式が失敗しても成功してもジュランと言う存在は、居なくなる事を。ジュランは、知っている。この世界は、嘘から始まった世界のなのだと。
ジュランは、水を操るように踊り始めた。すると、湖は、光り輝き始めた。
「おお!ようやく成功した!」
「しー!集中が出来ないだろ。一つでも間違えると儀式は、失敗するだろ」
周りの人が話しているが、ジュランは、気にせず踊る。頭痛が激しくなってきているが、もう少しで終わる。正確に正しく間違わないように落ち着いて、そんな事を考えるようにした。
「ジュラン!」
自分の名前を呼ぶ声にジュランは、思わずピクリと止まってしまった。この声の持ち主は、よく知っている。
「……エルナ……どうして……」
エルナは、髪も乱れて、服もボロボロで、頬や体には、あらゆる傷がある。持っていた大剣にも血がついている。
「ジュラン。舞が止まっているぞ」
「はい」
エルナは、知らないはず。コンバットには、話だけど明日だと言っているはず。動揺と戸惑いで少しずつ舞が間違い息が荒くなる。
「ジュラン!ごめんなさい。ワタシ知らなかったのよ。貴女の親のことも全然知らなかった。だから許して」
「ボクの親の事?」
ピクリと止まりエルナを見た。エルナの後ろには、大きな鬼族の男が立っている。男は、大きい声でこう言った。
「お前さんの親は、お前さんを神子にするために殺されたんじゃ!」
「嘘を言うな!貴様は、騎士の癖に神子を唆して役目を阻害しただろっ!」
「騙されるな!ジュラン」
もし鬼族の言うことが本当なら初めからジュランを神子にするために騙したことになる。でも、それをジュランは、信用しても良いのだろうか?エルナの話によると彼は、ジュランの親の親友だと聞いているジュランは、彼が何故親が死んだのかその理由を知ってあるであろうとずっと思っていた。
「ジュラン」
「ジュラン」
「ジュラン」
あらゆる人が呼ぶ声。ジュランは、顔色を変え耳を塞ぎ座り込んだ。
誰が親を殺したのだろう?自分の役目って何だろう?何のために生まれたのだろう?
そんな事をジュランは、考えていると胸が苦しくなり頭痛も酷くなっていった。
「舞は、邪魔が入ったから途中で中断。今回も失敗か……」
1人の人魚の男性がジュランの近くに向かい剣を取り出した。それをみた鬼族の男は、走って
「ジュラン!立ち上がれ!逃げるんじゃ!」
そう叫んだ。その言葉に気がついたジュランは、横を向くと剣を構えている男に気が付き立ち上がろうとするが、体が強張って動けなくっていた。
死ぬ。死ぬ。
思わず目を閉じて、いるとふんわりココアの香りと共に鉄のような血生臭い匂いが漂ってきた。
「ジュラン……」
ジュランは、目を開けるとそこには、自分を優しく抱きしめるコンバットがいた。
「間に合って……良かった……」
その一瞬でジュランは、理解した。エルナを此処に呼んだのは、コンバットのだと。嘘がバレてしまった。そんな事を考えながらジュランは、ヒーローのように現れたコンバットの背中には、剣で切りつかれた傷があった。
「コンバット……どうして……」
背中の傷は、深く病院まで行くのには、間に合わない。治癒魔法も傷薬も止血するための物も持っていない。コンバットは、にっこり微笑んでジュランの頬を触った。
「ごめんね……嘘をついていたんだ……初めて……君に……出会った時より……ずっと前から……君を知っていたんだ」
知っていた。コンバットが、家に住む前に手紙と赤ちゃんを入れるゆりかごにジュランと書いていたものがあった。ジュランと言う名前を聞いて、もしかしてと考えた。疑っていた。居場所を取られるかと考えてしまった。コンバットは、ふらつきながら立ち上がり湖の近くへ向かった。
「ぼくは……君が望むなら何だってなる……!君を守るためから……何だってやってやる……!」
ジュランが明日を生きるためなら、この命だって差し出してやる。
「さようなら……ジュラン」
そう言って、湖に落ちていった。それを見たジュランは、慌てて湖を覗いた。
「コンバット!」
ジュランが、湖へ飛び込もうとすると鬼族の男が腕を掴んで、行かせないようにする。気付けば、すでに人魚の男性たちは、縄に縛られている。
「離して!」
「ダメじゃ。解っておるじゃろ?忘却の海に落ちた者は、二度と帰って来んようになる」
「解ってる!でも、コンバットがっ!」
コンバットが、死んじゃう。助けないと助けないと。本来ならジュランがこの湖へ飛び降りないとダメだった。儀式。生贄の儀式。ジュランは、手を振り解き湖へと飛び込んだ。
「コンバット……!コンバット!」
必死に泳いだ。コンバットの体は、どんどん沈み湖の底へと落ちていく。彼がもう助からないと言うのは、解っている。でもしかし、ジュランは、彼を救いたかった。