33.幸福の鐘(4)
コンバットは、図書館でとある本を読んでいた。その本で分かった事は、マリカの事。救いの神アークルの事。世界の事。この街の成り立ちの事。
そして、人魚についての事。
「…………」
本を閉じて、立ち上がり図書館から出ることにした。出てきたコンバットを見たナムは、安心した顔で、こう言った。
「ニャにか解った?」
「ナム……赤い月の夜って今日だよな」
「そうだけど……ニャにかあったの?」
「……」
コンバットは、空を見て考えた。あの本に書いていた事が本当なら今日、本当に赤い月の夜ならジュランが言っていた儀式が明日では無く今日だ。それを知ったコンバットは、歯を食いしばり嘘をつかれた事の悔しさと裏切られた気持ちになりナムが心配しているのに気がつかなかった。
「お店に行くよ」
「う、うん……」
訳がわからないナムは、チラリと図書館を見て歩き出した。何か隠している。コンバットもジュランも嘘をついている。そう感じたナムは、コンバットに聞こうと考えるが、躊躇い後を追うことにした。
お店に着きコンバットは、椅子に座って作業を始めた。相変わらず客も来ず暇にしていると、ナムが絵を描いたのかルンルンで、封筒に入れた。
「何描いたの?」
「ひみつ」
にっこり微笑み隠す様に空を飛んだ。
「明日……ジュランが来たら…見せるから……これを隠しに家に……行ってくる」
「…………解ったよ」
目をそらしコンバットは、ナムが出て行ったのを確認してから作業を続けた。いつもの様にいつも通りになれた手つきで人形を作るが、中々進まない。これもジュランのせいだと思いながら休憩する事にした。窓を見るとさっきまで明るかったのがいつの間にか夜になっていた事に気がついた。ナムが出てから何時間だっただろうか?そんな事を考えながらミルクを飲んでいた。そうしていると扉が開く音が聞こえたので、ナムだと思ったコンバットは、歩いて扉がある所へ向かった。
「遅いよ。ナム」
そう顔を覗かすと知らない人が立っている。ピンクのワンピースをきた綺麗な人。一見すると女性かと思うが、所々ゴツい。
「ジュランは、来てないかしら?」
「……来てないよ」
「そう……」
そう、残念そうな顔で、心配そうな顔で、言った。コンバットは、一個の人形を取り出して考えた。
「君って、もしかしてエルナ?」
「そうよ。ジュランがまだ帰って来てないよ。今日は、人魚の集会がない日だから貴方の所へいると思ったのけれど的外れね」
エルナは、苦笑いでそう言った。コンバットは、目をそらし少しだけ考えた。コンバットは、ジュランの居場所を何となく知っている。言うべきだろうか?でも、自分にもエルナにも言わなかった事を勝手にしかもそこにいる保証も出来ない事を言っても良いのだろうかと考えていた。
「…………」
「解ったわ。ありがとう。それと、いつもジュランがお世話になっているわね。何時も家に帰るとあの子ったら貴方の事を話しているわ。友達になってくれてありがとう」
そう言って、エルナは、店から出ようとした。コンバットは、少しだけ走りエルナの腕を掴んだ。
「…………赤い月の日に儀式が始まる。儀式が成功すれば、神子になれる。失敗したら忘却の海に住むアークルと共に永遠の眠りにつく。神アークルを目覚めさす事が出来るもの始まりの神子のみ…」
「それは?」
「これは、本に書いてた事。今日が新月の夜。忘却の海は、街の外にある教会の大きな湖。きっとジュランは、そこにいる」
握る手は、震えている。コンバットの顔は、俯いて見えない。エルナは、何となく彼が不安で怖くて、何も出来ないことに悔しくてならないだと感じた。エルナは、コンバットの頭を撫でて
「解ったわ。必ず連れて帰るわ」
「……」
そう言って、エルナはその場を後にした。
コンバットは、座り込み考えた。ジュランは、コンバットの事を友達だと思っていた。しかしコンバットは、ジュランの事を友達だと思っていただろうか?邪心と共にくる信頼が胸を引き離す感じがした。
「おじー……どうしたら良いのか解らないよ……」
儀式が失敗しても成功しても彼女は、帰ってくるかどうか解らない。初めての友達と言える存在。初めて信頼が出来る存在。初めて世界のことを知ろうと思った存在。
「ジュラン……どうしてぼくを頼らなかったんだよ」
初めて誰かを好きになった存在。失いたくない。失いたくない。守りたい。守りたい。しかし、彼には、ジュランを守る力がない。術がない。
店に帰って来たナムは、小さく座り込んでいるコンバットを見て慌てて駆け寄った。
「ニャにかあったの?」
「……ナム…ジュランは、ぼくを友達だと思っていたんだ。でも、ぼくは、彼女を疑ってしまった。裏切られるのが、怖かったんだ。ジュランが、嘘をついた事が許せなかった。でも、それは、きっとぼくらを守るためだって今さっき解った。
ねぇ?ナム。ぼくは、どうしたら良いの?解らないよ」
失いそうになって知るこの気持ち。無力な自分が憎いし悔しい。怖がりな自分が嫌いだ。嫌いだ。
ナムは、コンバットを抱きしめ優しくこう言った。
「ニャムたちで…ジュランを……助けよう……」
「でも……」
「大丈夫……きっと大丈夫」
そう言って微笑んだ。大丈夫。その言葉を聞いたコンバットは、少しだけ勇気が出たのかナムを見た。
「……もし、ダメだったら?」
「ダメじゃあ無いし……まだニャにもしていニャい」
「でも……怖い…」
怖い。怖い。失うのも、何もしないのも。何も出来ないのも。コンバットは、育ての親であるおじーの事を思い出した。
「またおじーみたいに何も出来ずに失いたくない」
「でもとか……もしとか……またとか……まだ解らない…未来の事よりも……終わってしまった過去よりも……今見える……大切ニャことの方が……よっぽど大切ニャことだとニャムは……思うよ」
「こんな事ぐらい解っているよ!」
思わず声を張ってしまったコンバットは、慌ててナムを見た。ナムは、さっきまで抱きしめていた手は、離れていて、今でも泣きそうな顔で、コンバットを見ていた。
「ごめんニャさい」
そう言ってナムは、走って逃げていった。やってしまったと思いふらつきながら立ち上がって考えた。ナムは、自分を勇気付けようとしてくれた。元気つけようとしてくれた。変わる機会を作ってくれた。
最低だ。最低だ。
「ぼくは、ぼくがこの世で一番、大嫌いだ……」
弱虫で、誰かのせいにして、誰かを疑うばかりして。裏切られるのが怖いからって、嘘をつかれるのが怖いからって、誰とも知ろうとせず、自分を守ろうとした。
友達だと言ってくれたジュラン。家族だと言ってくれたナム。だけどコンバットは、2人に友達だと家族だと言えなかった。
「………」
怖い。怖い。でも、もっと怖いのは、何も出来ずにいる事。コンバットは、震える手を押さえて走り出した。行き先は、ジュラン達がいる場所に向かった。