32.幸福の鐘(3)
「ねぇ、聞いてよ!ジュラン」
コンバットは、ジュランに昨日の晩にナムが喋った事を話した。ジュランは、驚いた顔したが、すぐに嬉しそうにナムを抱きしめ頬擦りをした。
「くすぐったいよ……ジュラン。
言葉を…理解するまで…遅くニャって……ごめんニャさい……少しずつだけど……早くしゃべれるように…ニャるように頑張るから」
「そのままでも良いんだよ。可愛いから」
そうジュランは、笑顔で言った。ナムは、不満そうな顔をしたが、嬉しそうなジュランを見て、黙ったままにすることにした。
複雑な気持ちで、照れているナム。自分の事のように喜ぶジュラン。そんな2人を見たコンバットは、2人を抱きしめた。
「ニャ!?」
「どうしたの?」
「何でもない。今日は、何をする?明日は、何して遊ぶ?」
ナムが言う通りジュランは、そんな子では無い。自分を見捨てるような子では無い。解っている。一緒に居ればいるほど、そんな事は、あり得ないと解っていても怖い。大切にすればする程、彼女もまた裏切ったりされる。もしくは、おじーみたいに死んじゃうかもしれない。コンバットは、ジュランに対する邪心を心の底に深く、深く、埋め込み消そうとした。
「ごめんなさい。コンバット。この前に話していた人が、見つかったらしいから今日の昼に会う約束をしているの。そして、明日の晩は、マリカの誕生日だから、朝から晩まで、準備で忙しいから会えない」
「マリカ?確か前にも言っていたけれど、誰なの?」
「マリカは、人魚の青き魔女って言われた人で、救いの神アークルの声を聞く者“神子”だった。
マリカに感謝する日で、アークルの目覚めを覚まして貰う日でもある。だから、アークルが眠っていると言われている忘却の海で、舞を踊ったり祈りを捧げたりするの人がいるんだ」
そう言ってジュランは、空を見て、目を閉じた。
「その役目をボクが選ばれた」
「どうして?」
「人魚が集まる集会場があるって、お偉いさんがボクがどうやらマリカの血を持つ一族なんだって」
コンバットを見ながらそう言った。ジュランの顔は、不安で怖がっているようで、困っているようにも見える。
何か隠していると感じたコンバットたが、心配と疑いの気持ちの往復で、何で言えば良いのか解らなかった。しかし、変わりに言ったのは、ナムだった。
「……明後日は……会える?」
「…………解らない…でも、大丈夫。きっと会えるからいつもの場所で待っててね」
そう言う居て、手を振って立ち去った。ジュランの言葉の意味。一瞬、不安が過った。でも、聞けない。隠したい事を聞くのは、やめよう。そう思い店へ行こうとした。歩いていると、やはりさっきのジュランの顔が忘れなくて、コンバットは、俯いたまま考えていた。
「コンバット……」
「何?」
「ジュランの事……気にニャるの?」
「……気なるに決まっているよ。でも、ジュランは、大丈夫って言っていたんだ。それにぼくが、彼女を突き止める理由が無い」
コンバットがジュランを友達だと思っていても、もしかしたらジュランは、コンバットの事を友達ですら思っていないかもしれない。知り合い程度とか、知っている人だけとか、思っているかも知れない。そう考えれば、考えるほど怖いものはない。
足を止めて、横を見ると図書館があった。
「…………」
「コンバット?」
「ナム。ここで待ってて、すぐに戻ってくるから」
そう言って図書館へ入って行った。
その頃ジュランは、エルナの家の窓から外を見ていた。
「嘘をついてしまった……」
ジュランは、俯き目を閉じた。震える体を押さえながら堪えながら自分の体を抱きしめるようにベッドに座った。
「まただ……耳を塞いでも、声が聞こえる……ずっと……ずっと前から……誰が泣いている声が聞こえる……」
ジュランは、耳を塞いで、涙を流した。物心ついた頃から聞こえた声は、少しずつ大きくなりはっきり聞こえるようになって来ていた。
“約束を破った”とか“憎い”とか“どうして、死んだのか”とか言っているその声は、悲しくも苦しくも憎悪でも聞こえるその声の主をジュランは、知っている。
知っているだからこそ、自分の立場が子供ながらも解っていて、これから起きる事も理解していた。
ジュランは、涙を拭いて、顔を叩き立ち上がった。
「もう、行かないと」
エルナは、探している人が見つかったと連絡で依頼を出していたギルドに居るから居ない今のうちに此処から出ないとダメだ。
「ごめんね、エルナ。ごめんね、ナム。ごめんね、コンバット」
本当は、今日が儀式の日なんだ。
家から出たジュランは、走って街外れの教会へと向かって行った。