31.幸福の鐘(2)
コンバットは、牢屋の中へと入ると猫は、それに驚いたのか、逃げ回り壁の隅っこへと怯えて蹲った。
「ひどい事をされたのな?」
「解らないけど、この子がぼくたちに怯えているのは、確か」
少しだけ考え何か思いついたのか、深呼吸をし出した。
「ほら 前を向いて
さぁ 立ち上がろう
希望と夢は 目の前にある
俯いたり後ろを向いたりしたら
見落としてしまう
小さな 幸せ……ーー」
コンバットは、歌い始め猫に近づいていった。猫は、耳をこっちに傾けて歌を聞いているのがわかる。それを見たジュランは、コンバットの歌に合わせ踊り出した。
「ほら 歩き出そう
さぁ 前に進もう
夢と希望は すぐ側にある
憎んだり悔やんだりしても
何も変わらない
明日は 必ず来る……ーー」
猫は、振り向きジュランとコンバットが、安全な人だと認識したのか、恐る恐る近づいてきた。それに気がついたジュランは、猫を抱え踊り歌い出した。
「さぁ 踊ろうよ
ほら リズムに合わせて
陽気なダンス 歌に合わせて
時を忘れるまでいつまでも
何処までも
楽しもーう!」
猫を天井高く持ち上げにっこり微笑んだ。それを見たコンバットは、ため息を吐きながら
「勝手に替え歌を作らないでよ」
「えー。良いじゃんねー猫ちゃん」
そう言って猫を見ると目を輝かせ今でも踊りそうな顔で、ジュランを見ていた。しかし、猫は、鼻がムズムズしたのか変な顔になり大きなくしゃみを3回した。
「くしゅん!」
4回目のくしゃみで、猫の背中に羽が生え空を飛ぶようになった。
「羽猫になっちゃった!」
「羽猫ってなんだよ。これは、ケイト・シー。猫の妖精。
そうか、この子は、生まれたばかりの妖精か」
だからこんなところに居て、初めて見る人だから驚いた。コンバットは、猫の頭を撫でてにっこり微笑んだ。
「生まれたばかりの妖精なら名前をつけないとね!コンバットがつけてよ」
「ぼくが!?」
「だって見つけたのは、コンバットでしょ?」
そう言ってジュランは、猫をコンバットに渡した。コンバットは、猫を抱き考えながら頬擦りをした。
「ナム」
「ナム?」
「うん。ナム。意味は、固い絆」
その言葉を理解したのかしてないのか、猫は、自分と毛と同じ色の瞳であるコンバットを親だと思ったのか、頬を舐めて、今度は、自分から頬擦りをして、コンバットの肩の上に立った。
「にしても喋らないな……」
「喋るの?」
「らしいけど、ぼくも妖精を見るのは、初めてだから詳しい事は、解らないけど……まだ声帯が未熟だからかな?それとも……んー……生まれたばかりだから?」
コンバットは、ナムを触りながら考えていた。ナムは、首を傾げ羽を広げ地面に立ち二人を見ていた。
「考えても時間が勿体無いから帰ろうか」
「そうだね。でもナムは、どうするの?」
「此処にいたら何があるか解らないから……今日から君は、ぼくの家に暮らそう」
そういうとナムは、嬉しそうな顔をしてコンバットの足に纏わり付くように頬擦りした。
それから数ヶ月後、ナムは、コンバットの家に一人と1匹で暮らしていた。しかしナムは、いつになっても鳴くことはなく喋る事も一切ない。コンバットは、きっとまだ心から安心してないのだろうと思い精一杯、愛情をナムに注いだ。が、やはり鳴かない。少しだけ、悲しい気持ちになりつつも、もしかしたら声帯が未熟のではなく発達していないのだろうか?そんな事を思い始めた。
そんな中ある日の夜。星が見える綺麗な日にナムとコンバットは、夜空を見ていた。
「ナム。ぼくたちが住んでいるこの家は、ぼくとおじーの家では無いだ。元々、ぼくらがここに来る前には、すでに建っていてでも誰も住んで無かったから借りているだけ。何時この家の持ち主が来るか解らない。
でも、解る事は、この家の持ち主は、ジュランとその家族の物。ぼくは、初めてジュランに出会った時、名前を聞いた時すぐに分かったんだ」
でも、知らない顔で何ヶ月も一緒にいる。ジュランは、良い子だ。きっと知っても、自分を追い出さないだろ。でも、怖い。居場所が無くなるのが、帰る場所が、無くなるのは、怖い。
蹲るコンバットを見たナムは、側で肩を寄せ合い目を閉じた。
「ぼくは、卑怯者だ。自分を守る事しか出来ないし、他人を信じる事も出来ない弱虫だ。でも、怖いんだ。人を信じることが……人に頼る事が……
ジュランは、信頼してるし、一緒にいると楽しい。でも……それでもぼくは、心の底で彼女を疑ってしまう……
ぼくは、ぼくが嫌いだ。ぼくなんか、消えていなくなれば良い」
消えていなくなれば、傷つかなくてもいい。自分がいなくても誰も悲しまない。苦しまない。こんな人間が居ても誰も得をしない。
ジュランだって、黙って聞いているナムだって、悲しまないだろ。
「ニャムは……コンバットが……いニャくニャったら……かニャしい……」
「え?」
「ニャムも……きっとジュランも…コンバットの事が……好きで……大切だから……いニャく……ニャら…ニャいで……欲しい」
ナムは、一生懸命にコンバットにそう言った。初めて聞くナムの声。そして、初めて喋る言葉。それは、誰かにずっと言って欲しい言葉だった。コンバットは、涙を流してナムを見ていた。
「コンバット……かニャしいの?どこか……痛いの?」
「違うんだ。ナム……」
誰かに必要とされる事が嬉しい。嬉しい。コンバットは、ナムを抱きしめた。
「この涙は、嬉しくて泣いているんだよ」
「嬉しくて?」
「うん。そうか……ぼくは、君に出会う為に生きて来たんだね。やっと出会えて嬉しいよ」
そう言って微笑んだ。ナムは、コンバットの頬に流れる涙を舐めて、
「ニャムも出会えて嬉しい」
そう言って微笑んだ。
コンバットを守る。自分を愛してくれたコンバットを守ろう。そばにいてくれた彼を守ろう。彼を悲しませる事が無いように。彼が笑っている明日があるように、世界でたった一人の親友であり親であり家族である彼に至福が訪れるように。
ナムは、そう強く強く願った。その願いは、ケイト•シーの本来の力である“幸運を呼ぶ”力へと少しずつ変わっていく事をまだナムは、知らなかった。