悲しかったり嬉しかったり
少し肌寒い夜道を、天野と並んで歩く。
もうすぐで日付も変わろうとしていたが、俺も天野もさほど気にした様子は無かった。
コンビニを出てから数分、なんとなく話す話題も見つからず、ただコーヒーを飲みながらゆったりとした足取りで歩く。
天野は少し寒いのか、ホットコーヒーの缶を両手で持って飲んでいる。
「寒いのか?」
「…ちょっとね」
「っていっても俺もパーカーの下は長袖一枚だから、カッコよく上着は貸せないや」
「いいって。お気持ちだけで十分ですよ」
そしてまた無言。
どこに向かうでもなく、ただ分かれ道も方角も関係なしに歩いていく。
って、このままじゃダメだろ。とりあえずなんか話そう。
「さっきの電話だけどさ」
「あー…あんまり気にしないでもらえると助かるなー、なんて」
「無理言うな。その、ごめんな」
「…いいよ。謝られても困るし」
そう言って小さく笑う天野。
「私ね、武田も瑠璃ちゃんも好きだし、瑠璃ちゃんのことお願いって言われると、頼られてるーって思えて嬉しいんだ。でもなんかそれだけじゃ満足できない自分がいてさ。ただそれだけだから。だからさっきのはちょっとしたわがままだと思ってくれればいいよ」
「天野…」
口ではそう言っていても、どう見ても天野は悲しそうな表情のままだ。
俺はそんな天野の肩を抱き寄せた。
「ごめんな」
「謝んないでよ。余計に…別に武田が悪いわけでもないじゃん…」
天野は歯切れ悪く言ったあと、俺の腕に抱きついて嗚咽をもらした。
「…俺もどこか天野に甘えてた部分があると思うんだ。天野だって年頃の女の子だもんな。どっかに出かけたりとかしたいだろ?」
「そんなこと言ってないじゃん」
泣きながら抱きつきながら笑う天野。
「正直に言ってみ?」
「ないない。そこまでわがままじゃないって。武田は女の子の気持ちがわかってないんだって」
「えっ? マジで?」
「全然わかってないって」
腕から離れた天野は、目に涙こそ溜めてはいたが、何故か笑顔だった。
…俺の思いすごしだったのか?
「前からそうだったよねー。鈍感っていうかさ。私は別に特別扱いして欲しいわけじゃないっての。旅行とかでも瑠璃ちゃんが居てもいいし」
「じゃあさっきの電話のはなんだったんだよ」
「なんか急に寂しくなるときってあるじゃん。そーゆーやつだって」
「そーゆーもんなのか?」
「そーゆーもんなのー」
クルリと背中を向けて、目元を拭う天野。
そしてそのまましゃがみこんでしまった。
「ど、どうした?」
「はー…やっぱり無理だわ…」
そう言う天野の声は震えていた。
「何が無理なんだよ」
「ちょっとわがままになってもいい? 絶対に気にしないって約束してくれる?」
「どういう…」
「約束して……」
「……わかった」
天野は立ち上がってこちらを向くと、惜しげもなく俺に泣き顔を晒してきた。
「超会いたかったし! なんでもっと時間作ってくれないのさ! バカ!」
「えっ?」
突然の罵倒に、俺は何も言い返せない。
「いっつも瑠璃ちゃん瑠璃ちゃんって、私は武田にとってのなんなのさっ! もうバカバカバカッ! うわーん!」
「えっ? えぇ?」
俺をポカポカと叩いたあと、胸に抱きついてきて声を上げて無く天野に対して、俺はただ抱きしめて頭を撫でてやることしかできなかった。
しばらく泣き、天野もだんだんと落ち着いてきた。
「うぅっ…」
「…そんなこと思ってたのか?」
「絶対に瑠璃ちゃんに言わないでよ?」
「言わないって」
「超嫉妬してた。せっかく付き合えたのに、なんかなーって思ってた。でも私は年上だし、瑠璃ちゃんも好きだし、どうしたらいいかわかんなかったし」
「そっか…」
俺が言うのもアレだけど、言わなきゃわかんないこともある。
天野がそんなことを思ってたなんて思いもしなかった。まぁそこが俺のダメなところなんだろうけど。
「気にしないでよ?」
「無理だろ」
「さっき約束したじゃん!」
「そうだけど、内容によりけりだろ」
「嘘つき! 武田のバーカ!」
「子どもかっ」
「子どもだもん!」
「もうちょっと言いたいこと言ってもいいと思う」
「いいの?」
「だって俺とお前は付き合ってるんだろ? 会いたいなら俺も時間作るし、言いたいこと言ってくれないと、俺は…その、鈍感だから気づかないだろうし」
「認めちゃった」
「お前が言うならそうなんだろ。俺より俺のことわかってそうだしな」
「全然わかってないよ」
「俺だってお前のことなんかわからん。でもこれから分かっていけばいいだろ。それが付き合うってことじゃないのか?」
天野のまだ涙の残る顔をまっすぐに見て言った。
「俺はお前が好きだ。大切にしたいと思ってる。だからもっとわがままになってくれていい。俺もそれに応えられるように努力する。まぁ無理な時は無理だけど」
「最後の一言いらねー」
「仕方ないだろっ。事実なんだから」
「フフ。でも嬉しいよ」
泣きはらした笑顔でそう言う天野は、吹っ切れたようにも見えた。
「私、信じちゃうからね。武田が大切にしてくれるって言うなら、大切にされちゃうからね」
「おう。ドーンと来いだ」
「言ったなー。そりゃあ!」
「うおっ!」
勢いをつけた天野が物理的にドーンと俺の胸に飛び込んできた。
そんな天野を力強く抱きしめる。
「イテテテテ」
「お返しだ」
「瑠璃ちゃんにはこんなことしないくせにー」
「お前だからするんだよ」
「調子いいこと言って…んっ」
顔を上げてそう言った天野の唇に、俺は自分の唇を重ねた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
百合霊さん届きました!鼻血ブー!
じゃなくて、天野ちゃんと正親のイチャコラ成分が足りなかったので、やりました。
たまにはこういうのもいいでしょう。
おや? 山田さんが短編を投稿したそうです。
次回もお楽しみに!