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通い妻から

お久しぶりです。

時系列は8月の夏休み前ぐらい。

「えっ?」

「前に言ったよ。土曜日はキララちゃんのところに泊まりに行くからねーって」

「そうだっけ? 全然忘れてた」

「ボケてきた?」

「かもしんない。じゃあ明日はいないの?」

「うん。だから恭子ちゃんとお家でゆっくりしたら?」

「まー考えとく。恭子にも言っておくか」


というわけで、今日の夜に恭子が来る予定だったのだが、瑠璃ちゃんが泊まりに行くのを俺がすっかり忘れていたために、必然的に二人きりになってしまうようだ。

そのことを恭子に伝えるために、昼休みに連絡をすると、


「…ってことで、今日は二人だから、ご飯どうする? 食べに行ってもいいけど」

『家でのんびり食べよー』

「作る時間あるかな…」

『私作っておこうか?』


何かあった時のためにと思い、恭子には合鍵を渡している。

その鍵で先に入って料理を作っておいてくれることになった。


そして職員会議を終えて、いつもよりも遅めになってしまったが、家に帰るとエプロンをつけた恭子が出迎えてくれた。


「おかえりー」

「ただいま」


こーゆーシチュエーションは初めてではないのだが、何回体験してもちょっと頬が緩んでしまう。


「ご飯にする? それともお風呂? それとも私?」

「じゃあ恭子にするかな」

「アハハ。残念。恭子ちゃんは売り切れでしたー」

「なんで聞いたんだよ」


笑いながら奥へと向かう恭子の後ろ姿を見ながら靴を脱いで、リビングへと向かうとテーブルの上には料理が並んでいた。

レタスの上に乗せられたポテトサラダ。コップには麦茶。

そして恭子が今持ってきたビーフシチューライスが並べられる。


「さっ。食べよっか」


恭子がエプロンを外しながら椅子に座る。

俺もスーツのままだったが、カバンをソファに置いて、ネクタイを外して、上着を脱いで同じくソファにかけて、椅子に座った。


「あ、着替えなくて良かった?」

「大丈夫。それに冷めちゃったら困るし」

「ありがとうございます」

「こちらこそどうも。じゃ、いただきます」

「はい、召し上がれー」


ビーフシチューライスを一口食べて『美味しい』と伝えると、恭子が『良かった』と笑顔で答えて自分も食べ始めた。

そして他愛もない会話をしながら食事を終え、俺が着替えている間に恭子が洗い物を済ませてくれていた。

並んでソファに座り、テレビを見る。バラエティのクイズ番組の特番が流れていた。毎週瑠璃ちゃんが見ているやつだが、今隣にいるのは恭子だけだった。なんか新鮮。


「正親、これわかる?」

「教師なめんなよ。五つ答えればいいんだろ? 俺一人で全員に勝てるな」

「何それ。どこからその自信がくるのさ。っていうか何キャラ?」

「ちょっと自慢げなキャラ」

「似合わないわー」


アハハと笑いながらテレビを見ながら話す。


「学校はどう?」

「学校っていうか、最近は実習ばっかりだし。学校に行くのは週に一、二回ぐらいかな。幼稚園でバイトしてる感じ」

「まぁそんな時期だよな」

「正親だって教育実習とかしたんでしょ?」

「したした。懐かしいなー。超緊張したのは今でも覚えてるなー」

「正親でも緊張するんだ」

「するっての。恭子が中学生だった頃の俺だぞ? まだ若かったなー」

「今はちょっと老けてきてるもんね」

「そ、そんな馬鹿な……」


まだ若いと思ってた。

確かにもうアラサー……。


「ほら、ここに白髪ある」

「マジで!? 抜いて抜いて!」


俺の頭を指差してケラケラと笑いながら言う恭子。

恭子が自分の指に髪を絡めてプチっと引き抜く。


「いてっ」

「別に白髪くらいじゃ嫌いにならないって」

「それでも老けていくのは嫌なんだって」

「……好きだよ」


唐突に恭子が俺の頭から目に視線をずらして言った。

そうトロンとした雰囲気で言われると、思わず頬が熱くなる。そしてキスしたくなる。

まぁキスしましたよ。


「フフッ」

「明日は?」

「明日も実習ー」

「そっか」

「うん」


また何事もなかったかのようにまたテレビを見始めた。

次に恭子に会えるのはいつになるんだろうな。

俺は大人だから忙しいのは当たり前だし、なかなか会えなくても正直辛くはない。でも恭子のことを考えるとどうなのかと思う。

もしかしたらもっと会いたいのか。

もしかしたら長い時間一緒にいたいのか。

もしかしたらもしかしたら……。

我ながら恭子に惚れてるのが自覚できているあたりがなんだか恥ずかしい。

こう見えてもキチンと恭子に尽くしてるつもりだし、愛を伝えているつもりでもある。

でももしかしたら伝わっていないのかなーとも考えてしまう。

もっと形に残るもので恭子に伝えたほうがいいのかと考えてもいる。

そして一つの提案を恭子にしてみた。


「恭子」

「ウチで住まないか?」

「え?」

「いや、恭子の生活とかもあるから強制したいわけじゃないけど、一緒に暮らせば瑠璃ちゃんも喜ぶだろうし、こうやって時々じゃなくてもご飯とか食べられるし。……それに会う時間も増えるし」


チラッと恭子を見ると、驚いているようでジッとこっちを見ていた。


「ホラ。俺たちも付き合い始めてそれなりに経つじゃん。それに恭子だってもっと会いたいとか考えてるのかなぁとか考えたりしてさ。いきなり同棲っていうわけにはいかないだろうし、恭子の親御さんの了解も取らないといけないし、そんなにいきなり決められないことだらけだけどさ」


恭子を見て続ける。


「それにほら。一部屋余ってるし」


あの余ってる部屋は、こーゆー時のために取っておいたわけではないのだが、なんかこのセリフが口に出てしまった。我ながら何を言っているのかと思う。

そしてこのセリフを聞いて、恭子が鼻で笑った。


「フフフッ。何それ、そのセリフで口説けると思ったの?」

「いや、今のは勢いで言っちゃったっていうかなんていうか……通販の今なら低反発枕もついてきます的な?」

「締めのセリフが低反発枕ってどういうことさ」

「あーもうっ。忘れてくれ。今のセリフは全部忘れてくれ」

「いーやーでーすー。これは瑠璃ちゃんに報告ですわ」

「瑠璃ちゃん、低反発枕のくだりわかるか?」

「さぁ? ……瑠璃ちゃんには言ったの?」


これは低反発枕のことじゃなくて、同棲のことだろう。


「まだ言ってない」

「じゃあ私よりも先に瑠璃ちゃんに言わないとダメじゃん」

「あー……それもそうだよな」


先走った。


「でも嬉しいかな」


その言葉に恭子の方を見ると、頬を赤く染めているのが目に入って、こっちまで恥ずかしくなってしまった。


「いきなり同棲っていうのはお母さんに言ってみないとわかんないけど、半同棲みたいな感じで、お泊まりセットとか持ってきて頻繁に泊まりに来てもいい?」

「は、半同棲か」

「あー、やっぱりそーゆーのはキチンとしたほうがいいのかなぁ」

「いや、お試し期間みたいな感じでも良いと思う!」


思わず声が上ずった感じになるのを抑えようとしたら、声が大きくなった。

それを見てまた恭子が笑う。


「そんなに必死にならなくてもいいのに」


俺はポリポリと頭をかいた。


「じゃあ、とりあえず明日も来てもいい?」

「もちろん!」

「瑠璃ちゃんにも話しておいてよ?」

「お、おう」


そんなこんなで、恭子は明日も来ることになった。

……瑠璃ちゃんの説得に失敗したらどうするかなー。

でも失敗はしないと思う。多分。



ここまで読んでいただきありがとうございます。


次回もお楽しみに!

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