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無表情な生徒

「武田先生」


後夜祭のグラウンドでのフォークダンスが終わり、グラウンドではクラスも学年も全部がバラバラとなっていて、あとは閉祭の宣言がされて終わるだけとなった。

そんな生徒たちの様子を『青春だなー』と思いながら見ていた俺のもとへ、吉田がやってきて声をかけた。


「私、この学校祭楽しかったです」

「それは良かった」

「まぁそれだけなんですけど。こうやってクラスで楽しんだのって初めてだったので、一応お礼をと思って」

「ハハハ。俺、なんもしてないじゃん」

「先生にはわからなくてもいいんです。私は感謝してるって話です」

「ずいぶん一方的だな」


俺は何もしてないし、こうやってクラスで楽しむことが出来たのは、吉田自身の頑張りの結果だ。

吉田は俺と同じようにバラバラに散らばっている人溜まりを見て続ける。


「いっつもみーちゃんとばっかりいたんですけど、みーちゃんも高校生になってからクラス別れちゃって、あんまり遊ばなくなっちゃって」


みーちゃんってのは友達か。


「それで先生に相談したらちゃんと答えてくれたじゃないですか。そのおかげでもあるんです」

「吉田だって自分から話しかけにいってたじゃないか。そーゆー心がけが大事なんだよ。それに俺が言ったのは、『笑顔を作れ』とかそんなことだったはずだろ。お前、全然無表情じゃん」

「…こう見えても、今顔真っ赤ですよ?」

「その手には乗らん。俺に彼女がいるの知ってて、からかいに来るのはタチの悪いイタズラをする吉田ぐらいだ」

「さすがにバレますか」

「なんかこの学校祭をきっかけに恋でもしてみれば良かったのに」

「恋はするものじゃないんですよ。落ちるものなんです」

「何カッコイイこと言ってるんだ。そーゆーのは恋をしてから言えってんだ」

「私にも恋人は出来るんですかねぇ?」

「さぁ?」


しばしの沈黙。

そして大音量のマイクを使った生徒会長による閉祭宣言が行われた。


『…というわけで、これを閉祭宣言といたします。生徒の皆さんは速やかに下校し、寄り道などをして補導されないようにしてください。では解散っ!』


その声と共に生徒たちがぞろぞろと動き出した。


「あーじゃあ俺、笠井先生と一緒に校門のほうで見張りしないといけないから。吉田も気をつけて帰れよ」

「はい。あっ、みーちゃん」


吉田が見ていた方を見てみると、チャラそうな男子と腕を組んで歩いているギャルギャルしい女子がいた。

吉田が手を振ると、男子は不思議そうに女子に問いかけ、女子は無視するように男子ごと反転してどこかへ行ってしまった。

吉田は振っていた手を所在無さげにゆっくりと下ろし、俺の方を向いて言った。


「先生。友達がいなくなりました。ちょっと泣きそうです」

「……えっと、とりあえず一緒に校門まで来るか?」


あまりにも悲惨な光景を見てしまったもので、放っておくわけにはいかなかったので、とりあえず吉田を校門にいる笠井先生のところまで連れていった。


「ごめん。遅くなった」

「いえいえ。って吉田さん連れてきて、どうしたんですか?」

「ちょっといろいろあって、放っておけなくて連れて来ちゃった」

「そうっすか」


俺と笠井先生は並んで立ち、校門を通っていく生徒たちに『さよならー』と言いながら下校していくのを見送った。吉田は俺の横でズモーンとして空気を醸し出しながら立っていたが、相変わらずの無表情だった。


「武田先生」

「ん?」

「ちょっと泣きます」

「は?」


そう言うと吉田はクルリと下校していく生徒たちに背中を向けてしゃがみこみ、膝に顔を埋めて肩を震わせた。声を出さずにただ泣いていた。

俺は笠井先生とアイコンタクトをとり、俺だけ吉田を連れて離れた。

校門から少し離れた職員用の玄関の前の段差に吉田を座わらせ、その横に俺も座った。

鼻をすする音だけが聞こえていたが、俺は何も話しかけるべきではないと思い、慰めるでもなく元気付けるでもなく、ただ隣に座っていた。

その時だった。


「武田先生と…吉田さん?」

「滝か。どうした?」

「どうしたって、吉田さんどうしたんですか?」

「まぁちょっといろいろあって…」

「いろいろ…」


そう呟いた滝は、吉田の前にしゃがみこんで、吉田の頭に手を置いて髪をゆっくりと撫でた。

ずいぶんと大胆な…入学直後の滝なら考えられん行動だ。


「吉田さん。何があったのか知らないけど、一緒に帰ろうか」


その言葉に目を赤くして目元を濡らした吉田が顔を上げた。目元に変化がなければ、全然いつもと同じ表情だっただろう。


「どうして一緒に帰ってくれるの?」

「同じクラスの友達でしょ。同じ駅なんだし、一緒に帰っても変じゃないと思うけど」


笑顔でそう言う滝。


「友達…」

「うん。あれ、もしかして違った? そう思ってたのって僕だけ? だとしたら恥ずかしいわー」


すこしわざとらしくそう言っている用に見えなくもない滝。

滝なりに吉田を励まそうとしているのだろうが、まるで見ていたようなセリフが励ましの言葉として出てくるあたり、滝はあなどれない男だということが見て取れた。


「私、滝くんと友達でもいいの?」

「もちろん。って、吉田さんが良ければだけど」

「ううん。嬉しい。ありがとう」


吉田の顔には、無表情ながらも笑顔が見えた気がした。


「じゃあ帰ろっか。あんまり遅くなると先生に怒られるし」

「そうだぞ。先生だって早く帰りたいんだからな」

「そっちですか。補導とかのほうじゃないんですね」

「そりゃ迷惑は俺達にもかかるけど、お前らの親が一番大変だからな。親に迷惑かけないようにさっさと帰ってくれると助かるな」


そう言うと滝は立ち上がって、それに続いて吉田も立ち上がった。


「先生、さよなら」

「おう。気を付けて帰れよ」

「はい」

「武田先生。ありがとうございました」

「ん。吉田も気を付けてな」

「はい。さよなら」


俺は並んで歩く二人の背中を見送った。


「青春だなー」


そして俺もよっこらしょっと立ち上がってもうひと踏ん張りと気合を入れる。


「よしっ。笠井先生のとこ行くか」


いろいろあった学校祭が今年も無事に終わりを迎えていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

感想とか書いていただけると嬉しいです。


学校祭編終了です。

次からちょっと時が飛びます。


次回もお楽しみに!

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