準備と待受
夏休みが明けて、待ってましたとばかりに学校祭の準備が始まった。
毎年恒例ではあるが、2日間の開催で初日は一般開放無し、2日目は一般開放有りとなっている。
そんな学校祭に向けて、着々と準備が進められており、うちのクラスもその準備で教室が塗り替えられつつあった。教室内の壁には学校の資料が貼られ、一番後ろの棚の上には作りかけの何かが置いてあった。全然作りかけなので、まだこの段階では何かはわからない。
今は数学の時間なのだが、学校祭の準備をさせるために、重要なところだけを抜き出して、残った時間を準備の時間に当ててやろうと計画中だ。それで最後の教科書に載ってる問題を解かせている最中だ。
俺はその問題を黒板に書いておいて、適当に当てた生徒に黒板に出てきてもらって、答えを書かせておしまいにするつもりだ。
この数学の授業が今日最後の授業で、帰りのホームルームもする気はないので、この問題を解けば帰りたい生徒は帰れる。
「じゃあ当てるぞー」
そう言うと、クラスの生徒の視線が俺から逸れる。
さすがに慣れてるし。
「じゃあ出席番号10と20と30のやつ。黒板に答えを書いてくれー」
「マジかよー」
「適当すぎんだろが!」
「めんどくさー」
当てられた3人は、不満をもらしながらも黒板に出てきて問題を解いた。
まぁ3人が3人とも、周りの席のやつに聞きながら出てきたのは大目に見てやろうか。
「よーし。じゃあ今日はここまで。残りの時間は…あと20分ぐらいか。早く帰るも良し。学校祭の準備を進めるも良し。帰りのホームルームはやらないから残りは自由にしていいぞー。あっ、でもまだ他のクラスは授業中だから静かにな」
そう言うと、ガヤガヤと動き出す生徒たち。
我がクラスは展示で、この高校の歴史を紹介することになっている。
なんだかんだでこれは恒例になっているため、展示をするクラスの中では人気が高い展示テーマではある。だがしかし、クラスの実行委員長が死闘の末に、見事獲得してきたのだ。そんなことで運使い果たすなよ。
なにわともあれ、去年の展示を参考にしながら内容を書き上げ、適当にパク…オマージュしていくというセコイ方法を取ることに成功したわけだ。
『俺は基本放任主義だから生徒たちの自主性を尊重しての結果です』って秋山先生に話したら、『そうか。頑張れ』とどこか冷たく言われた。後から聞いたのだが、秋山先生のクラスもそのじゃんけんに参加していたらしい。うちの実行委員長がすんませんでした。
ちらほらと静かに帰る生徒がいる中、真面目な生徒は残って作業を進めていた。
俺は窓際の落下防止用の手すりに寄りかかって腕を組んで教室の中を見ていた。
「なぁ先生」
「ん?」
目の前の席に座っていた井上(男子)が話しかけてきた。
「先生って彼女いるっしょ?」
「…なんでそんなこと聞くんだ?」
ドキッとしたが、それを声にも顔にも出さずに、もしかしたら誘導尋問という可能性も考慮しながら慎重に答えた。
瑠璃ちゃんの存在は知られつつあったが、恭子の存在はまだ誰にも言ってないはずだ。
「前に先生の例の娘さんと一緒に電車乗ってなかった?」
「な、なんのことかなー」
我ながら動揺しまくりなのが分かりまくりだった。
「最初は違う人かなーって思って声掛けなかったんだけど、家帰って考えなおしてみたら、やっぱ先生だよなーって思って」
「どうかな。この世にはドッペルゲンガーっていうのがいるわけだし、俺みたいなイケメンはどこにでもいるだろ」
「先生、イケメンでしたっけ?」
「どう見てもイケメンだろ!」
謎の意地を見せる俺のところへ、面白そうな話題を嗅ぎつけたのか吉田がやってきた。未だに無表情なのは変わらないが、俺にはわかる。こいつ、ニヤニヤしてやがる。多分。
「武田先生って、彼女いたんですかー。私、先生のこと狙ってたのになー」
「マジで!? 吉田ってそういう趣味あったん!?」
「吉田。無表情かつ棒読みでそういうこと言うな。ややこしくなるだろうが」
「なんだ、嘘かよ」
吉田のキャラはクラスの中ではほとんど知れ渡っていて、『無表情だけど、面白い奴』という認識だった。
井上はそんな吉田の嘘に少しがっかりする。
「んで、先生は彼女いんの? いないの?」
「先生の彼女超可愛いですよねー」
「まぁ恭子は可愛いからな」
「「あっ」」
あっ。
「やっぱ居るんじゃん!」
「恭子って言うんですか」
「写真とか無いの?」
俺としたことが…まさか吉田に誘導されてついつい言ってしまうなんて…
「写真なんて無い」
「じゃあ今度撮ってきて」
「井上くん。大丈夫よ。先生は持ってるわ」
「吉田は見たことあんの?」
それを聞いた吉田は小さく笑った。
「簡単な推理よ。溺愛している娘がいる。『可愛い』という単語に釣られてついついゲロッてしまった彼女の存在。きっと先生の待受は、二人のツーショットよ」
「つ、つーしょっと…」
な、なんだと…?
この吉田…化け物か!
「なんでわかったんだよ!」
気づいたときには遅かった。
思わず口を飛び出していた言葉を撤回するには、勢いがありすぎた。図星って怖い。
「フフフ。簡単なことよ。明智君」
「武田です」
「井上です。一文字も合ってねぇじゃん」
「さぁ先生。ゲロッたことだし、見せてもいいんじゃないですか?」
「ぐぬぬ…」
そうドヤ顔(無表情)で言われた俺は、仕方なしに観念することにした。まぁ自慢の彼女なのは間違いないし。ゲロッたってゆーな。なんか汚い。
俺はズボンのポケットからスマホを取り出してパスワードを入力してロック状態を解除する。そして瑠璃ちゃんと恭子が笑顔でピースしている待受を二人に見せた。
この画像は、瑠璃ちゃんと恭子が『二人で待ってるよー』というメールに添付されていたものだ。速攻で待受に設定したのは内緒だ。
その待受を見た二人は思わず声をもらしていた。
「確かに可愛いわね」
「か、可愛い…」
「フフン」
ちょっと自慢げな俺。
そんな俺の一瞬の隙をついて、井上がスマホを取り上げた。
「武田の彼女見たい人集合ー!!」
その一声で、教室の中は混沌と化したのは言うまでもなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
今回から学祭シーズンに入ります。
瑠璃ちゃんのところも学祭とか言ってたので、次回はそっちの風景をお送りいたします。
次回もお楽しみに!




