誘う者と誘われる者
6月も最終日となった。
そんな日に、帰りの地下鉄でばったり中村と会った。座席に座ってた中村の目の前に俺が立って、互いに『あっ』と声を漏らした。
「よっ」
「久しぶりだな。元気だったか?」
「久しぶりじゃねぇだろ。ゴールデンウィークに会っただろうが」
「そういえばそうだった。ってことはゴールデンウィークからもう2ヶ月ぐらい経つのか。早いなぁ」
「年取ったんじゃないの?」
「失礼な。まだまだ20代だよ」
「へいへい」
中村は普通に大学に進学し、そこで心理学を専攻しているらしい。天野が言ってた。
「最近どうよ」
「どうって、別に普通かな。大学でも友達できたし、授業もなんか興味深いし」
「心理学だろ? 天野に聞いた」
「結構楽しいよ。パブロフの犬とか、あれって心理学の実験の話だったのな。ずっと童話的なアレかと思ってたわ」
楽しそうに話すのを見ていると、ホントに楽しいんだということが伝わってきた。
高校の時は、少しグレていた時もあったけど、こうやって楽しそうに生活できているのを見て、恩師としては嬉しい限りだ。
まぁ中村が俺のことを恩師だと思っているかどうかは別だけど。
「武田は?」
「俺? 俺は普通かな。新任の先生に色々教えながら日々過ごしてるよ」
「へー。カッコイイ?」
「んー…体育会系」
「そう言われると秋山しか出てこないわ」
「柔道とか強そう」
「あーなんとなく想像出来るわ」
「でも猫が好きなんだってさ」
「あたしの中のイメージが崩れるー」
頭を抱えてケラケラと笑う中村。
笠井先生の外見の伝え方は難しい。外見を伝えることができても、猫好きというだけで結構わからなくなるらしい。瑠璃ちゃんも中村と同じようなこといってた。
「そうだ。このあとウチ来るか? 瑠璃ちゃんのカレーが待ってるぞ」
「行きたいけど…」
「なんかあるのか?」
「ほら、恭子に悪いし。あたしだけ行って勘違いとかされたら嫌じゃん?」
「考えすぎだろ。天野は中村に対してそんなこと思わないって」
そう言ってから気がついたんだけど、天野は瑠璃ちゃんに嫉妬してたんだよな。そう考えると中村にも嫉妬するのか? 大丈夫だよな?
「ってゆーかさ、まだ恭子のこと苗字で呼んでんの?」
疑いの目を向けてくる中村。
そこを突いてくるか……
「いい加減にさ、名前で呼びあったら? 恭子から話を聞いてても『武田』って呼んでるみたいだしさ。もう付き合い始めて3、4ヶ月経つんでしょ? イチャコラするのもいいけど、形を見直すのも大事じゃない?」
やけに真面目な顔で言われて、ちょっとビビッた。
まさかここまで苗字で読んでることに対して真剣に突っ込まれるとは思わなかった。しかも中村に。こいつ、恋愛大明神かなんかなのか?
「って言ってるけど、そのへんは当人達のことだし、あたしがとやかく言うことじゃないんだけどね。まぁのんびりやんなよ」
「…急に真面目なトーンになるもんだから驚きました」
「敬語になるくらい驚いたのか。よっぽどだな。ハハハ」
まったく。楽しそうに笑うようになったもんだ。
「んで、ウチ来るか? 瑠璃ちゃんも喜ぶぞ」
「んー…じゃあ行こうかな。モテる大学生は辛いわー」
ちょうど降りる駅に到着するところだったので、席を立った中村と一緒にホームに出て改札を抜けた。
そして俺の家までの短い道のりを並んで歩く。
「こうやって歩くの初めてじゃね?」
「あーそうかもな。って俺と並んで歩くのなんて、天野か瑠璃ちゃんくらいだっての。そんなにホイホイいてたまるか」
「あたしは3人目の女か」
「変な言い方すんな。ところで、お前ってまだ彼氏とかいないの? 高校の時もそーゆー話聞いたことなかったけど」
それなりに整った顔立ちをしているのに、天野からすら中村のそーゆー話を聞いたことがなかった。
ちょっともったいないと思っていたのは内緒だ。
「実はあたし、女の子好きなんだよね」
「ウソぉ!?」
「ウソ。さすがに嘘だわ」
ビックリシマシタ。
もしそうだとしたら、天野のこととか好きそう。イメージ的に。
「意外といい男っていないもんじゃん? だから誰とも付き合ってないし、恋もしてないわけ」
「中村の理想って高そうだよな」
「そんなことないって。面白くて楽しい人がタイプかな」
ふーん。まぁ楽しいこと好きな中村らしいっちゃらしいか。
面白くて楽しい人か。…俺の周りにも一人いるな。
「じゃあ宏太なんかは…」
「あー…ちょっとアリだけど、武田の友達でしょ? なんかヤダ」
「なんだよそれ」
「だって親友の彼氏の友達と付き合うって何か嫌じゃない? 距離近すぎるし」
「そんなもんなの?」
「少なくとも私はそんなもんなの」
「ふーん。女心はわからん」
「武田なんかにわかってたまるかっての」
「まぁそれもそうだな」
そうこう歩いていると、あっという間に到着。駅近物件は良いな。
するとオートロックで施錠されている玄関の前に中村が立った。
「あたしに開けさせてくんない?」
「は? 別にいいけど…」
俺は鍵を中村に渡した。
0~9までの数字が並ぶインターホンの下に、鍵穴がついており、そこに鍵を差し込んで回しながら暗証番号を入力すると開く仕組みである。
ちなみに瑠璃ちゃんはこれがお気に入りで、二人でここを通る際には、絶対に瑠璃ちゃんがやっている。
みんなこういうギミック系のものは好きなんだろうか? 宏太もなんか言ってたし。天野は…天野とここを通ったこと無いな。今度通ってみるかな。
「おぉ! 開いた! かっけぇ!」
「子どもかよ」
「いくつになってもこういうのには惹かれるもんなんだよ」
…よくわからん。
そして俺と中村はエレベーターに乗り込んで、瑠璃ちゃんが待っているであろう自宅へと登っていった。
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この続きは次回に続きます。
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