お話があるのです
「先生。ちょっといいですか?」
帰りのホームルームが終わったとき、吉田が俺の元に来てそう言った。
特に断る理由も無いので、話を聞くために吉田の方を向いた。
「どうした?」
「どうしてこの間、早退したんですか?」
「ちょっと娘が怪我したっていうからさ。ってゆーか、よく俺が学校にいたこと知ってるな」
瑠璃ちゃんを迎えに行ったあの日は、朝のホームルームが始まる前にはもう学校を出ていたので、職員室にでも来ない限りは俺が学校に来ていたことは知らないはずだ。
「たまたま外を見てたら見えたんです」
「そういえば教室の窓から見えるのか。まぁちょっと緊急事態で…あんまりケガとかしない子だからさ」
「先生の歳で娘さんって…娘さんはいくつなんですか?」
「あー…今は中一」
「中一? …先生いくつですか?」
「いろいろあったんだよ。これ以上は大人の事情だ。あんまり深く聞くなら内申点下げるからな」
「職権乱用ですか」
「教師の特権です」
あんまり深く問い詰められても困る。それとなく養子ですって言ってもいいんだけど、吉田にはなんとなく言いたくなかった。なんとなく。
「まぁいいです。もう一つ聞きたいんですけど、いいですか?」
「もう一つだけだぞ。俺も部活とか見に行かないといけないし」
「自分の娘に対しては休むのに、生徒からの質問には時間を取られたくないと?」
「わかったから。聞くから。なんだよ」
「私って、怖いですか?」
「…なんだそりゃ」
藪から蛇どころか藪からパパイヤが出てきたかのような意表をついた質問だ。
「前にクラスの副委員長の青峰君から言われたんですよ」
青峰はちょっとチャラっ気の強い感じの男子。
誰も立候補者がいなかった副委員長に、友達からの無理やりな推薦で当選してしまった残念な男子だ。
ちなみに吉田は委員長。
「まぁ怖いって言うか、物事をハッキリ言い過ぎな気はするけどな」
「ハッキリ言うことの何が悪いんですか?」
「悪いとか悪くないとかじゃなくて、もうちょっとオブラートに包んで言いましょうってこと。時には優しさも必要だろ。頭痛薬にだって優しさは入ってるんだから」
俺の言葉を聞いて、少し考え込む吉田。
思うところがあるのだろう。
担任としては、これをいい機会に自分を見つめなおしてもらえると嬉しい。
「でも青峰君には、委員会をサボったりしてるのを注意してるぐらいしか言ってませんよ?」
「それは青峰が悪いな。俺から言っておく」
「私の優しさの足りない発言は、どのへんなんでしょうか?」
「んー…」
そう聞かれても、吉田が誰かと話してるところを見たことがない。
授業が終われば、次の授業の準備をしていたり、それこそ窓の外を見ているイメージしかない。
「吉田って友達いるのか?」
「います。多分」
「多分?」
「私は友達と思っているんですけど、向こうはそう思ってないかも…」
「なにその関係?」
「幼馴染です」
幼馴染みは友達に含まれるのか? 微妙なところである。
「隣のクラスにいるんですけど、五十嵐綾子っていう子です」
「五十嵐…聞いたことあるようなないような…」
「別に思い出そうとしなくてもいいですよ。思い出してほしくて言ったわけじゃないですし」
「そう?」
吉田の言うとおり、全然思いだせなかった。
隣のクラスは俺の担当してる教室じゃないから、全然面識のない生徒ばかりだ。
「で、友達がどうかしたんですか?」
「吉田が誰かと喋ってるところって見たことないから、どうなのかと思って」
「なにげに失礼ですよね。武田先生って。私よりハッキリ言ってる気がします」
「そうか? 自覚ないなー」
「私も自覚ないので、そーゆーものですよ」
「でも他人から怖いって言われたことないしな」
「こう見えても、ユニークなキャラだと思うんですけど」
「自分で言っちゃう派?」
「誰にも気づいてもらえないので、自分で言うしかないじゃないですか」
なんか吉田のイメージが変わってきた。
ただ表情が全然変わらないから、ホントは何を考えているのかわからない。これは怖いと言わざるを得ないだろう。
「もっと笑ってみれば?」
「こうですか?」
広角を上げて笑顔な口にする吉田。
そうなんだけど…
「目が笑ってないな」
「目…」
「人は目で色々と物事を見てるんだから、その人の目を見ればなんとなくわかるってものらしいぞ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものらしい。だから目とか意識してみれば?」
「目ですか」
そう無表情で言う吉田。
目がピクピクと動いてはいるが、何も変わっていなかった。むしろちょっと怒っているようにも見える。
「こうですか?」
「……逆に怖くなった」
吉田のイメージ改善の道のりは、まだまだ遠いみたいだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
吉田回でした。
これで前回のイメージはちょっとは変わったかと思います。
次回もお楽しみに!