遅過ぎた何か
「鈴はどこにいるんだ?」
ゼロは、風を操って一同をフローラの城に導いているニックに尋ねた。彼は補助系の複雑魔法を使っているにも関わらず、余裕の表情で鈴がいる場所を答える。魔質を読み取るのは得意中の得意らしい。
「彼はここから侵入したらしいね」
ニックは窓が開け放たれているテラスを指して言った。更に近付くと、室内に戦闘の痕が深く残されていることが分かった。
「これを全て鈴が?」
「多分ね」
そこは酷い有様だった。飾られていたのだろう絵画は無残にも切り裂かれ、床に放置されてある。備え付けのテーブルや椅子は全て薙ぎ倒され破壊されていた。いくつもの大きな赤い池があり、その中には何やら小さなものが浮かんでいる。
「っ……!!」
ヒトとしての原型を留めていない。どす黒い色をした肉塊だった。その様はまるでレストランに来て等身大に近い楕円の皿に注がれたトマトスープを出されたかのようだ。レイチェルは場違いな感想を抱いた。―――これは、何かの間違いではないのか?
「みんなっ!!」
緊張感を打ち破ったのは、なんとカイだった。
「一人でここまで来たのか?」ゼロが訊く。
「そうだよ! ……って、そんなこと言ってる場合じゃないんだよ、お兄さん!」
只ならぬ様子でカイは一気にまくし立てた。
「鈴が―――!!」
「―――ン! 鈴っ!!」
………誰?
「鈴っ、しっかりして鈴っ!!」
ああ、この声は。
「玲………?」
「鈴!!」
君がいるのは分かっているのに。
「玲……」
真っ暗なんだ、何も見えない。……ははっ、痛みさえ感じないや。こりゃ重症だなァ。
冷たいような、それでいて温かいようなものが顔に当たった。
「泣いているの? 玲……」
思わず笑ってしまった。それでムキになったのか、玲は「泣いてなんか……!」と言い返す。その時、別の物音が聞こえた。誰かがこちらに向かってくる。だが次第にその音も聞こえなくなっていく。
俺は、死ぬのか。
その言葉を口にすると、少し滑稽に聞こえるかもしれない。だから言わなかった。漫画の主人公じゃあるまいし、そんなセリフ絶対に言わない(笑)。ハズいじゃん、だってさ。
だけどこれだけは言いたかった。
「最後まで迷惑かけて、ごめん」