『LEC』本社ビル 最上階2
ついに最上階に来た。その先に待ち受けていたのは―――。
「どうして……」
メグリヤは途方に暮れたように言った。そこにいたのは目の前で繰り広げられている戦いに怯えるアリスやフリードリヒ、仲間たち、そしてクリスを苦しめた女帝だった。だが問題はそこではない。
「どうして、あなたが……」
フローラの隣にいる青年。片時も忘れることが出来ない大切な人。
クリス。
「ほう。お主がここに来たということは、チャールズを倒したのじゃな? どうやって奴を倒したのか、是非とも教えてくれ」
「……幻覚作用のある薬をばら撒きました。今頃、居もしない私と存分に戦っていることでしょう」
「ふん、つまらぬな。それよりクリス、あ奴は何者じゃ?」フローラはにやにや笑って言った。
「あなたの国を滅ぼそうとする悪い奴らです」
「ち、違うわよ! 何言っているの、クリス?! 私たちはアリスを助けるために、そして光の楽園と平和条約を結ぶためにここに来たんじゃない!」
レイチェルは説得するかのようにクリスを見た。だが、彼女の声は聞こえていなかった。魔障障壁のせいだ。
彼は一瞬たりとも笑わなかった。冷たい視線をメグリヤたちに向ける。
「僕にとって、君たちとの口約束なんてどうでもいいことだ。全てはフローラ様のためにある」
「目障りじゃ。奴らを殺せ、クリス」
「承知いたしました」
クリスはメグリヤに魔法弾を放った。相変わらず剣は抜いていない。彼女は攻撃をかわしたが、魔法を直接受けた床が崩れた。
「クリスっ!」
メグリヤは絶えることのない攻撃を回避しながら徐々に間合いを詰めていく。
「お願い、目を覚まして!!」
「無駄じゃ、今の奴は心を失っている。奴が今日まで正気を保てたのは神の加護があったからこそじゃ。神の加護を失った今、奴は闇に飲まれた。もはや奴に自我はない、ただの戦闘機じゃ」
―――勝てない。勝てるわけがない。彼を倒すなんて、そんなこと。
「メグ姉っ、危ない!」
「え……」
暗い……。何て暗いんだ。
”クリス、聞こえる?”
この声は……メグリヤ?
”フローラの言葉に惑わされちゃ駄目。彼女はあなたを利用しているのよ”
利用? どういうことだ?
”詳しくは話せないわ。……あまり時間がないの。とにかく、正気を取り戻して!”
僕は………。
”あなたともっと一緒にいたかった。だけど……ごめんね”
彼女の声は小さくなっていく。もっと一緒に『いたかった』? まるで一生会えなくなってしまうかのような―――。
”さようなら”
「……メグリヤ?」
僕は足元に横たわる彼女を見つめた。彼女はすでに息をしていなかった。彼女を殺したのは間違いなく僕だった。
僕が、メグリヤを殺した―――。
「メグ姉っ!!」
鈴が悲痛の叫びを上げる。彼は僕に目もくれなかった。動けないことが癪に障ったのか、彼は悔しそうに下唇を噛む。状況は悲惨だった。鈴、ゼロ、レイチェルはフローラの術によって身動きが取れない。玲は血溜まりを作って倒れていた。
全ては僕が元凶だ。僕がいなければ、こんなことにならなかった。
「フローラッ!!!!」
僕は剣を抜きフローラ目掛けて走った。彼女は僕が正気を取り戻すなんて微塵にも思っていなかったらしく、無防備に剣を受け止めた。剣は彼女の横腹を貫いた。
「がはっ!!」
フローラは吐血する。それと同時に、鈴たちを縛り付けていた術が解けた。術が解けるやいなや、すぐさまゼロがフローラの喉元に切っ先を当てる。「逃げ場はないぞ、女帝?」
「フッ…。くくっ……ハハハハッ!!!」
フローラは笑いながらゼロの剣を手で掴み下げ、もう片方の手でゆっくりと僕の剣を引き抜いた。血が迸る。
「これごときでわしを倒せると思うたか?」
フローラはギラついた目を玲に向けた。そして、思いもよらないスピードで玲を捕らえる。
「玲!」
鈴が玲を取り返そうと立ちあがった。
「うわっ?!」
フローラの魔法弾が足元に炸裂する。
「最後に教えてやろう。わしがその女を殺そうとしたのは、我が僕ウェンクドリアンにこの世界を支配させるためじゃ。人間の皮を被った魔物、なんと美しく強きことかな。アリス、お主のことは諦めるとしよう。じゃが……クククっ! この娘は預かった。取り戻したくばわしの城に来るがいい!」
そう言うなりフローラの姿は消え、彼女はLEC本社ビルを後にした―――。