修行 ~一時の休息~
「鈴たち、何を話しているのかしら?」
模擬試合が終わった玲は隣に腰をおろしているクリスに尋ねた。
「さあ、何だろうね。僕も分からないや」
やけにあっさりと言うクリス。彼には大体想像がついているのだろうと玲は思った。
クリスと出会ってから約二年。彼がただただ優しいわけではないということを玲は知っていた。無償の優しさなんて、あるわけがない―――。
だが、鈴はそのことに気付いていないようだった。
やや離れたところで鈴とゼロが試合をしている。ここからでは聞こえないが、彼らは何か話していた。その様子は、とても楽しそうに見えた。
私には、できない。玲はそう思った。きっと私は、本来あるべき感情が欠落しているのだ。
―――誰か助ケテ。
ずっと変わらない、私の時は止まったまま。
……自覚していないかもしれないけれど、彼は私よりも純粋だった。怒って、笑って、泣いて。羨ましい。
鈴はここから抜け出した。だって、楽しそうにしているじゃない。だけど、私は?
私ハ何モ変ワッテイナイ。
「……ダ」
「え?」
クリスは振り返った。
「嫌ダヨ……」
玲はぽろぽろと涙を流していた。
「えっ、ちょっ、玲?!」
珍しくクリスが慌てる。突然のことに頭が混乱していた。―――というより、初めてのことに驚いていたのだ。
「一人は嫌だよっ……!」
どんどん先に行ってしまう鈴。このままでは、いずれ振り向いてくれなくなる。
変わらない、変われない自分。
「どうすればいいかなんて、分からないよ。でも、一人は嫌なのっ!!」
「玲……」
無理ダヨ、一人デ生キテ行クナンテ。
「私っ、私は―――」
その時、彼女は急に後ろから抱きしめられた。
「え……?」玲は顔を斜め後ろに向ける。
「大丈夫だよ、玲」
鈴だった。彼はそう言って微笑んだ。その笑顔はどこか哀しげだった。
「大丈夫、俺はどこにも行ったりしないから。……君を独りぼっちにさせて、ごめん」
「そんなこと」
そんなことはない、彼が謝る必要がない。勝手なことをしていたのは私。勝手に独りぼっちになったのは私だ。
「俺は」
鈴は出し抜けに言った。
「強くなりたいんだ。ゼロさんとかクリス兄みたいにさ。ずっと守られてるのって、何だか情けないじゃん? この二年間、ずっとそう思ってた。がむしゃらに修行していた。だけど、本当は甘えていたのかもしれないな。……ゼロさんが言っていたんだ、『変わろうと思えばいつだって変わることはできる』んだって。だからね、玲」
鈴は目を閉じた。風の音、鳥のさえずりが聞こえる。
「強くなろう、一緒に。だって俺らは『鈴』なんだろ?」
鈴は不敵の笑みを浮かべて言った。
「うんっ……!」
強くなるんだ、弱い自分に打ち勝つために―――。