カイ2
全てが始めから用意されているものなんて、この世には存在しないよ。私が言いたいのは、そういうことじゃない。君も私も含めて、誰かが行動を起こした結果が『運命』なんだよ。
「おはよう、ゼロ」
「ああ。……おはよう」
気が付いたら朝だった。俺はよっぽど疲れていたらしい。
「懐かしい夢を見た」
疲れているのに夢を見るなんて、おかしな話だ。
「へえ、夢? ゼロが夢を見るなんて、珍しいわね。どんな夢だったの?」
レイチェルは目を輝かせて言った。まるで子供だ。
「さあ、どんな夢だったかな。もう忘れたよ」
彼女に言う必要はないはずだ。それに、言いたくもない。俺は、過去のことを思い出したくないんだ。後悔だらけの人生だったからな。
「何よ、それ」
彼女は不貞腐れたように言いながらも、顔は笑っていた。俺が夢の内容を本当に忘れているわけがないと確信しているのだろう。だが、それ以上彼女は訊き返してこない。だから俺は、こいつらと旅をすることができる。
追及されるのは嫌いだ。多分俺は、秘密主義者だからな。
「いつ出発する?」
「皆が起きてからにしよう」
「そうね。起こしちゃ可哀想だもの」
そこで会話は途切れた。気まずくはない、日常茶飯事だ。もしここにいるのが俺ではなく弟のクリスだったら、「君は優しいんだね」などの気のきいたことを言っていたかもしれないと、ふと思った。
「おかしいなぁ。僕、7割程度は皆に優しくしているつもりなんだけど」
俺は一度だけ、クリスがそう呟くのを耳にしたことがある。奴の周りに誰もいなかった時。きっと油断していたのだろう。あれは、クリスがメグリヤに出会ったばかりの頃だった。そして、俺は気付いた。
クリスが誰にでも平等で優しいのは、意図的にそうしようと思っているからだ。
俺たちが知っている奴の性格は、全て計算の上で成り立っているんだ。
―――幸せと思うこと自体が幸せではないのだと、誰かが言っていた。もしそれが本当ならば、戦争が行われている中で幸せを見つけようとする行為は幸せに繋がらないのだろうか。
……考えても仕方ないことを考えてしまうのが俺の悪い癖だな。
「おっはよーーー!!」
カイがぺたぺたとテーブルの上を歩く。
「もう出発しちゃうの?」
「そうだ」
カイは悲しそうに俯いた。
「ねえ、僕も連れてってよ」
俺は首を横に振る。「駄目だ」
「どうして?」
「旅をするのは危険だからだ。いつ殺されるかも分からない中、お前をつれて行くことはできない」
「―――っ、母さん!!」
カイは母親に目をやる。カイの母親は困ったような表情を浮かべていた。
「ねえ、行っちゃ駄目なの? 僕、この人たちに恩返しがしたいんだよ」
「あなた……」カイの母親は夫に尋ねる。
「―――この方たちの言う通り、旅はキツイぞ。途中で家に帰ることもできない」
「分かってる」
「お前がついて行ったら、この方たちの足手まといになるだろうな。どうするつもりだ」
「父さん、これでも僕はワニ族の仲間なんだよ! 絶対に足手まといにならないようにする!」
「今まで経験したこともない恐ろしい目に遭うかもしれない」
「覚悟の上だよ」
すると、カイの父親は溜息をついて言った。「生きて帰ってこい」
「ありがとうっ、父さん!!」
カイは思い切り父親に抱きついた。
「カイを連れて行ってもらえないでしょうか?」
カイの父親はクリスたちに言う。
「もちろんいいですよ」クリスが答えた。
「カイを、よろしくお願いします」
「お願いしますっ!」
カイはにこにこ笑っていた。
こうして、カイが仲間に加わったのだった―――。