カイ
辺りがスゥっと薄暗くなる。メグリヤは空を見上げた。空は灰色で埋め尽くされていた。――― 雲一つない青空だったのに。
その時、ぽつりと冷たい何かがレイチェルの頬に落ちた。
「あ、雨……?」
ぽつ、ぽつぽつ、と次第に雨足は速くなった。やがて、逃げる隙間がないというほどに雨は降りだしていた。突然の雨にクロゥテルたちが大騒ぎで家の中へ駆け込んで行くのが見える。
雷鳴が轟く。嵐を予感させるような天候だった。川を取り囲んでいた木々が落雷によって燃え尽きる。辺り一面が平野となった。やがて川の水は溢れ返り、溺れていたクロゥテルは岸辺へと放りだされた。
「君、大丈夫?!」
レイチェルはクロゥテルを手のひらに乗せる。
「ううっ……」
そのクロゥテルはまだ幼かった。
「レイチェル、その子は大丈夫?」メグリヤは心配そうに尋ねた。
「うん。意識を失っているだけみたい」
ほっとする一同。
「もういいぞ」
ゼロが双子に声をかけた。二人は握りしめていた紙を放す。その紙は、風に乗ってどこかへ消えてしまった。
そして、我が物顔でエラルド街を闊歩した豪雨は嘘のように沈黙した。
「二人とも水属性能力者だったのね」
メグリヤは納得したように頷く。しかし、クリスはそれを否定した。
「いいや。彼らの能力はお互い違うものだったよ」
「違うってどういうこと? 確かに木は燃えていたけれど、あれは火属性能力者のものではないわ」
「メグリヤが言うのだから間違いないわね」
「確かにラルスによって起きたものじゃない。あれは、雷属性能力者によって起こされたものだ」
「ファキイが?」
「ああ。雷が鳴っていただろう? あれは、水属性能力者が引き起こしたものじゃない。ウォブが雷を発生させることはできない。君も知っているだろうけど、僕のような多属性能力者はあまりいないんだ。たとえスメユヒだったとしても、一度も能力を使用したことのない彼らが二つの能力を同時に使うことなんて無理だよ」
「でも―――」
「気になるならもう一度、今度は別々にやらせればいいだけの話だろう?」
反論をしようとしたメグリヤに、ゼロは淡々と言い放った。
「本当に申し訳ございませんでした」
溺れかけていたクロゥテル―――彼はカイと名乗った―――の両親は地面に頭がつくほど謝った。
「何とお礼をしていいのか……」と、カイの父親。
「やっぱり、ヒトはヒトでも良い人たちはいるのよ」
カイの母親は涙ぐんで言った。
「まあまあ。こうしてカイくんも戻ってきたことですし、ここで少し落ち着かれてはどうですかな?」
フリードリヒは持参して来たティーセットをセッティングし、紅茶とクッキーを夫婦に勧めた。
「ああ、これは有難い」
二人は緊張の糸が切れたように、ほっとため息をついた。
「こういう時だけよね、あんたが役に立つのって」
アリスはしぶしぶ彼の功績を認めた。
「あの」カイの母親が、クリスたちを窺うように尋ねる。
「もし宜しければ、ここに泊って行ってくれませんでしょうか?」
これはとんでもなくありがたい話だった。人間を嫌うクロゥテルが、快く自分たちを宿に泊めてくれるとは思わないからだ。
「どうする? クリス兄」
鈴に訊かれ、クリスは少し考えてから言った。
「お断りさせていただきます。ありがたい話だということは分かっていますが、八人いるんです。僕らはあなた方に迷惑をかけることはできません」
「迷惑なんか、全然ないよっ!」
カイがぴょんぴょんと机の上を跳ねて叫んだ。
「君たちは、僕を救ってくれたじゃないか。種族の違いなんて関係ない、おじいさんやお母さんの世代の人たちが忌み嫌っている人間は僕らを助けてくれた。僕はそれが分かっただけで嬉しいよ! 困っている時はお互い様。それが世の中ってものじゃないの?」
にこにこと無邪気に笑うカイ。彼の言う通り、種族の違いなど大したことなどではないのだ。
「私はカイの意見に賛成」玲が言った。
「クリス兄。好意は、素直に受け取るべきよ」