能力
「さっさと抜けると言っても、この街は案外広いんだぞ」
ゼロはため息交じりに言った。「火焔山に着く頃には日が暮れるだろうな」
とにかく小さい手乗りワニ族だが、与えられている住居は人間のものと同じ大きさのものだ。いつか手乗りワニ族と人間が仲良くできるように、とイハウェル王が配慮した結果だ。
「あ、あの……」
フリードリヒがおずおずと声をかけてきた。
「アリス様がお疲れのご様子です。どこか休める場所はありますでしょうか……?」
「住居以外はクロゥテルに合わせた大きさになっているから、休めるところと言ったら宿しかないんじゃない?」
「寝ている間に殺される、なんてことにならないでしょうか?」
アリスは身震いをした。その時、悲鳴が上がった。一斉に声がした方角を見る。
「あっ、あそこ!」
メグリヤが真っ先に駆けだした。クロゥテルが街の外れにある、流れの速い川で溺れていた。いくらワニの仲間とはいえ、小さなクロゥテルが荒れた川を泳げるはずがない。
「助けてあげなくちゃ!!」
しかし、川に飛び込もうとするメグリヤをレイチェルは引きとめた。
「無理よっ、だってあんなに流れが速いんだもの! こっちまで流されちゃうわ!」
「じゃあどうすればいいの?!」
「『ウォブ』がいたら何とかなるかもしれない」
「『ウォブ』って何?」玲が尋ねる。
「この世界では数多のエネルギーが存在する。例えば、土に植物の種を埋めるとするだろう? 何日かすると植物は芽生える。生きるのに必要な条件―――日光と水分、養分―――が揃ったからだ。簡単に言うとするなら、そうだな、その植物はエネルギーを得たからこそ発芽することができたんだ。そういうエネルギーを生み出す―――もしくは操る―――ことができる者を『能力者』という。その中でも、水を操れる者のことを水属性能力者と言うんだ」
そう言った後、ゼロは仲間を見渡した。
「誰でもいい、ウォブはいるか?」
レイチェルは悔しそうに首を横に振る。
「私は無理よ。だって、無属性だもん」
無属性とは、突出した能力のない者のことを指す言葉だ。大抵の人間は無属性に該当する。
「メグリヤは?」
「ごめんなさい。私は火属性能力者なの」
「僕は多属性能力者だけど、残念ながら水属性能力者ではないよ」
クリスはゼロに聞かれる前に言った。
ゼロはクリスと同じ多属性能力者だが、彼もまた水属性能力者ではない。残るは玲と鈴だった。二人は否定するように首を横に振る。
「僕らは能力とか、能力者のことについて何も知らないんだ。自分の能力が何かも分からないよ、悪いけど」
「心配するな。それならすぐに調べることができる。レイチェル」
ゼロはレイチェルからあるものを受け取った。三センチ程度の薄い紙である。
「これは?」
「持っている能力を最大限に生かすための道具だ。ただし、魔力が強い者や優れた能力者が使っても効果は発揮しないがな。時間がない、一か八かでやってみろ」