狂った世界(クルッタ セカイ)7
翌日、僕にとって予想外のことが起きた。
「どうして……」
博士の死体は、首から下がなかった。僕は、首を切り落としていない。
どうして頭部しかないのか。答えは簡単だった。僕が去った後、僕以外の誰かが彼の首を切り落としたからだ。
現場を見た玲は別段驚いていなかった。人が殺されるということの異常さを彼女は分かっていなかった。それは僕も同じなのかもしれないが。
博士の首を切り落とした奴はこの中にいる。僕以外の誰かが―――。
「博士とキリエさんはいなくなってしまったのね」
玲はその事実を再認識するように言った。僕は頷いた。「そうだよ」
彼女が何を考えているのか僕には分からない。きっと、博士にしか分からなかった。
壊れてしまった博士とキリエさん。博士を殺したのは僕だけど、キリエさんを殺したのは僕じゃない。この中にもう一人の犯人がいる。
―――玲? まさか、そんなわけない。彼女が二人を殺す動機なんてないはずだ。玲は博士を慕っていたし、キリエさんのことだって家族だと認めていた。そうでなければ彼女はキリエさんをここから追い出していた。過去に、彼女によって追い出された召使いは沢山いる。
「それにしても、どうして博士の身体が彼女の部屋にあったんだろう」
クリスは首を傾げて呟いた。確かに、と僕は思った。キリエさんの部屋はあの時確実に、密室状態だったんだ。
「教えて欲しいことがあったのだけれど、私は君にそれを話したっけ?」
玲は唐突に言った。
「うん、聞いたよ」
「今訊いてもいいかしら」
「いいよ、玲」
僕は窓から外を覗いた。外ではいつの間にか雪が降っていた。それも、激しい吹雪だ。
「どちらにしろ、このままでは帰れないな」
ウィリアムさんは溜息をついて言った。厄介なことになったと呟いていた。
「これからどうします?」
同僚のアレンとライトが見周りから戻って来たらしい。アレンは僕にそう尋ねた。
「どうします、も何も……。帰るに帰れないじゃないか。それに、この状況を放っておいたら陛下に怒られてしまいそうだ」
「そうですね……」
アレンは不安そうに俯いた。無理もない、彼らが来た時にはすでに殺人事件は起こっていたのだから。
「何を怖がっている?」
女兵士ライトはフン、と鼻で笑った。
「こ、怖がってなんかいませんよ!」
「仮にも、私たちは一国の兵士だ。死体や殺人犯を恐れてどうする」
「……すみません。そうですよね……」
「―――それで、私たちは今後どうすればいいんだ?」
ライトは大尉のウィリアムさんに指示を仰いだ。ウィリアムさんは暫くの間考え込んでいたが、「犯人を見つけ出すんだ」と答えた。