狂った世界 (クルッタ セカイ)5
「博士もキリエも死んでしまった。これからお前たちはどうするんだ?」
「ウィリアムさん」
クリスはたしなめるようにウィリアムを見た。
「何を隠す必要があるんだ、クリス? 彼らはすでに博士たちの死を知っているじゃないか」
「他に言いようはいくらでもあるでしょう」
「言い方を変えたところで現状は変わらない。話をややこしくするだけだ」
博士の死体はキリエの部屋にあった。ウィリアムはそう告げると、クリスたちに背を向け歩きだす。
「どこに行くんです?」
「彼ら(ふたご)には考える時間が必要だ。その間、この邸宅の中を散歩でもしてくるよ」
「どうしたの、鈴」
玲は首を傾げて訊いた。感情がこもっていないその仕草は、まるでロボットのようだった。僕は玲の質問に答えなかった、きっと彼女には理解できないことだろうから。
「どうして泣いているの」
玲は言った。
どうして? 僕にも分からない。どうして涙が止まらないのか、分からないよ。
「君は、博士がいなくなっても悲しくないの?」
「私は」
そこで玲は言葉を切った。
「私は、悲しいという気持ちが解らない」
あの日ココロを失った君はそうしてこれからも生きていくんだね。
「鈴は?」
「え?」
「鈴は、悲しいから泣いているの?」
ココロ。彼女が失ったもの。そしてきっとそれは僕も同じ。
博士を殺した犯人は僕だ。
博士は僕らの敵だ。僕たちから心を奪った。だから殺した。
僕たちは外に出ることを許されていない。
クリスとメグリヤがやって来た日、僕は机の引き出しからナイフを取り出して服のポケットの中に隠した。好都合だと思った。人数が増えれば簡単に犯人を特定されることはない。クリスたちに博士を殺す動機がないのは分かっていた。だが、それなら僕が混乱したフリをして彼らに容疑をかければいいだけの話だ。そうすれば、少しの間は時間を引き延ばすことができる。
犯人だとバレるのが嫌なわけじゃない。ただ、時間を引き延ばせればいいと思っただけだ。僕が殺したかったのは博士だけじゃなかった。