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泣くもんか

夢を、見ていた。



緊張と戸惑いで眠れなかった昨晩とは打って変わって、みつは今夜、床につくやいなや眠りに落ちていた。この家の老夫婦は本当にいい人たちで、家事やなんかを手伝っているうちに、打ち解けて緊張がほどけて。ぐっすり寝てしまったのだ。そして、夢を見た。



迷子になって泣いていて、迎えを待ちながら寝てしまって。遠くで自分を呼ぶ声がした。



みつ、おみっちゃーん、みつー



ひとつはお父っつぁんの声。もうひとつは誰だろう?



気がついたら父親に抱き上げられていた。寝ぼけ眼で父の肩越しに見たのは、真っ赤な目をして涙をこらえている少年。



泣かないで。



そんなつもりで、にっこり笑ってみせた。だって、こうするとお父っつぁんはいっつも笑ってくれる。けれどその少年は、びっくりしたような顔になった。おかしいな、笑ってくれないのかな。そんなことを思いながら、再び眠りについたのだ。



みつ、おみつ、どこだ、みつ



そう、あのときと同じ。けど、今度は知っている。あたしはこの声を知っている。



「おみつ!」



ハッと目が覚めた。覗き込んできた顔は、



「新さん……」



まだ半分夢心地だったみつは、反射的に笑みを浮かべた。目が覚めてすぐに好きな人の顔があったら、そりゃあうれしくなって当然だもの。けれどその人は、やっぱり笑い返すより先に、びっくりした顔をしてみせたのだった。



「怯えて泣いてるかと思ったら…」


「ちっとも怖くなんかなかったわ。だって、また新さんが迎えに来てくれるってわかってたもの」



布団から身を起こすと、苦笑しながら新之助がそっと抱きしめてくれた。



「よかった、無事で…。また、ってお前、ひょっとして覚えてたのか…?」


「思い出したの。あのとき迎えに来てくれたのは、新さんだったのね」



新之助の背中に腕を回す。と、そこがぐっしょりと濡れていることに気がついた。汗? 暗くてよく見えないけれど、なんだか額にも胸にも汗をかいているみたいだ。けれどなんだか──独特のにおい。これって。



「……血? 血が出てるの?」


「さ、帰るぞ」



息が荒い。



「新さん背中どうしたの? そんな、動いて大丈夫なの?」


「ちっと肩貸してくんねえか。なに、大丈夫だ。お前を連れて帰るまではくたばらねえよ」



そのとき。



「お前…何をしておる!」



声を聞きつけ、りくが起きてきた。



「残念だったな…アンタの企みは、すべて、失敗だ。俺は、こいつ、を迎えに来た。アンタも帰りたきゃ、ついて来い」



息を切らせながらそこまで言うと、みつの肩を借りながら、宙に手をかざす。



「待て。失敗だと? どういうことだ」


「…ハァ。あっちに戻りゃ、わかることだ。ついて、こようが来るまいが、好きにしな」



振り向きもしない新之助に、りくが焦りを見せる。



「な、何を…。利吉! あやつを止めい!」



しかし、利吉と呼ばれた男──この家を案内した若い男は、静かに首を振った。



「私はしばらくこちらにおります」



その言葉に、りくが目を見開く。



「なんだと!?」


「よくしてくださったご夫妻を騙すような真似をして……心苦しくてなりませんでした。男手の必要な仕事を少し手伝ってまいります」



それを聞き、新之助がニヤリと答える。



「帰りたくなったら八のじいさんのとこへ行きな」


「はい。そういたします」



そしてみつを連れ、ひずみをくぐる。



「待て! このようなわけのわからない所に私を置いていくな!」



──記憶はそこまでだ。ひずみをくぐった先がたけやの店先であり、竹次と勘右衛門の顔を確かめたところまではぼんやりと覚えている。



しかし、みつを竹次に託したところで意識を失ったものだから、泣き叫ぶみつの声も、半狂乱になったりくが追ってきたことも、新之助は知らなかった。




=====


泣くもんか。ぜったい泣いちゃだめだ。



みつはそればかりを頭の中でくり返していた。新之助は竹次の家に運ばれ、医師の診察を受けた。幸い傷は浅く、安静にしていれば後遺症は残らないだろうという。痛みに寝苦しそうな新之助を少しでも楽にしてあげたくて、けれどただただ、額に乗せた手ぬぐいを冷やすことしかできない。



ケガをした本人がいちばん不安なんだから、あたしが泣いたりしちゃだめ。



心配も不安もすべて閉じ込めて、ただ泣くまいとする気持ちだけが、みつを支えていた。だから、新之助が目を覚ましたとき、ちゃんと笑えたのだ。



「…おみつ……?」


「大丈夫よ、新さん。なんにも心配いらないわ」


「お前…」


「なあに?」


「年頃の…娘が、男の部屋に、来るなって言っただろ」



…よかった。軽口を叩けるようなら安心だ。ホッとして気がゆるんだら、泣きそうになる。せっかくこらえてたんだから、もう少しがまん。



「ここ、お父っつぁんの部屋よ。新さんみたいな図体の大きな人、二階へは運べないもん」



薄く笑みを浮かべ、新之助は再び目を閉じる。眠ったかな、と思い、手ぬぐいを浸す水を取り替えようと立ち上がる。すると、



「ありがとうな…おみつの笑ってんのを見たらホッとしたよ…」


「……!」



桶を手に、あわてて部屋を出る。せっかく、せっかくがまんしてたのに。泣かないって決めてたのに!



廊下で涙を拭っていると、勘右衛門がやってきた。



「お役人さま」


「新の様子はどうだ?」


「今少し目を覚ましました。傷はつらそうですけど、意識はしっかりしてるみたいで」


「そうか。ちょっと新と話をしてもいいかな」



どうぞ、と外へ出て行くみつと入れ替わり、勘右衛門は新之助のやすむ部屋へ入る。しかしすでに新之助はまどろみの中だった。



「よう、気分はどうだ?」



…どうって…痛いよ。



「お前、時間をくぐって来たんだな」



知ってたのか…?



「どうしてそれを言わない? 教えてくれてりゃあ、もう少し助けられたかもしれなかったんだ」


それは、どういう…?



「まあいい。今は休め。目が覚めたら説明するよ。ただ、な。これは覚えておけ。お前は一人じゃないってことさ」



──その意味を考える間もなく、再び眠りに落ちたのだった。

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