第63話:肺を満たす水
謎の死を遂げたヒュブリスの遺体には、検視官から司法解剖の指示が出された。
ヒュブリスを司法解剖した法医学者は、肺を満たしていた水を水質調査に回し、出所を突き止めた。
「この水は、水道水ではありません。庭園の池の水と同じものです」
「第八皇子様が亡くなられた池か……」
ヒュブリスの肺の中は、藻類を含む水でいっぱいになっている。
水質調査の結果、城内の庭園にある池と同じ水だと分かった。
その池は、第八皇子シェースチが死んだ場所でもある。
「あの池まで連れ去られて沈められたのか?」
「監視カメラに記録された動画では、部屋から出ておられないようだが……」
謎が深まる。
部屋から一歩も出ていないヒュブリスが池の水で溺死した経緯は、暗殺を見慣れたシュタルク帝国の検視官にも思い浮かばなかった。
◇◆◇◆◇
時は少し遡る。
クラスノダル地方にあるヴォルグの居城で、三人の乙女とヴォルグが、指令室のモニターを見つめている。
「ハッキング成功しました」
「相変わらず、王城は脆弱なセキュリティだな」
ソーニャは異能を使い、シュタルク城のセキュリティに偽の情報を流していた。
隣の席に座るヴォルグが、フッと悪い笑みを浮かべる。
「庭園の池と、兄上を映せ」
「畏まりました」
水面が凍り付いた池と、寝室で眠るヒュブリスが映る。
ヒュブリスの部屋の防犯設備は、全く反応しなかった。
池と寝室の監視カメラ映像はソーニャに奪われ、偽の映像とすり替えられている。
偽の情報では、ヒュブリスはベッドに仰向けに寝たまま動いていない。
本物の映像でも、ヒュブリスは同じように寝入っていた。
「こんなにいっぱい監視カメラを付けるなんて」
「私が撮影に行くまでもないわね」
クスッと笑い合うのは、転送能力をもつタイシアと、変身能力をもつスヴェトラナ。
皮肉にも、ヒュブリスが増やした監視カメラが、偵察の手間を省いている。
「では、兄上お好みの暗殺をプレゼントしようか」
「転送開始します」
ヴォルグがまた悪い笑みを浮かべ、タイシアが異能を発動する。
氷の下にある水が、眠っているヒュブリスの肺に転送された。
ヒュブリスは抵抗することもできないまま、苦悶の表情を浮かべて息絶えていく。
その映像は警備兵に送られることは無く、アンドロイドたちが護衛対象に迫る危険に反応することも無かった。
生身の人間が定期的に見回りをしていれば、もっと早く発見されたかもしれない。
ヒュブリスはもう人間を信用しておらず、警備は機械任せであったため、発見が遅れることとなった。
(母上と一緒に地獄へ行けるよう祈っておくよ。兄上が天国へ行ったら、シェースチたちが迷惑するからな)
ヴォルグは心の中で呟く。
その脳裏には、無邪気に笑う幼い異母弟が浮かんだ。




