第60話:負の遺産
向かわせた暗殺者は葬られ、兵器製造の拠点であった都市は制圧され、兵士も減っていく。
そんな中で二度もヴォルグの密偵に侵入されたことは、ヒュブリスの評価を急下降させた。
「残念だが、第一皇子殿下の戴冠は見られなさそうだ」
「皇后様の推しがあっても、あれでは……な」
王都では、そんな囁きが漏れている。
かつては、ヒュブリスの評価を下げるような発言をすれば不敬罪で処罰されていた。
けれど、今では彼等を拘束する兵士がいない。
武器庫は空っぽで、兵士たちは丸腰。
ヴォルグ側に寝返れば受け入れてもらえるという噂も流れており、王都から出ていく兵士すらいる始末。
ヒュブリスの勢力は無くなりつつあった。
(まだよ、まだ手はあるわ……)
真夜中の城内を、侍女も連れずに歩くのは皇后アンゼリカ。
彼女は足音を忍ばせながら、王城の地下へと向かう。
シュタルク帝国の皇族のみが入れる地下エリア。
そこには、様々な古代遺産が眠っていた。
アンゼリカは複数ある扉の1つに向かう。
扉には、帝国古代文字が書かれたプレートが付いている。
ядерное оружие(核兵器)
古代に使われていた兵器の通称。
それがどんな物かは、王族なら必ず学んでいる。
アンゼリカも輿入れの際に皇帝から教えられた。
帝位争いに使うような物ではない。
自国領土に撃っていい物ではない。
それは政敵だけでなく、罪の無い多くの命を奪い、自然界に甚大なダメージを与える兵器だった。
(作り物の子に、帝位を継がせてたまるものですか!)
兵器がもたらす被害を知りつつ、アンゼリカは強い決意と共に地下室の扉を開ける。
その脳裏に、亡き皇帝との過去が蘇った。
ヒュブリスを身籠った頃、皇帝の妃はアンゼリカ1人だった。
美しいアンゼリカが皇帝の寵愛を受けていた幸せな時期でもある。
彼女が皇帝から愛されたのは、ほんの1年ほど。
皇帝は複数の妃を求め、すぐに側室たちが迎えられた。
新しい妃に興味が移る皇帝は、アンゼリカとの二番目や三番目の子を人工授精で済ませてしまう。
人工受精児の方が、遺伝子操作により優れた子ができるというメリットもあるが、アンゼリカは不満だった。
それゆえに、彼女はヴォルグやセリオスを愛してはいない。
(私の可愛いヒュブリスこそが、皇帝の座にふさわしいのよ!)
様々な機材が並ぶ室内で、操作パネルに向かうアンゼリカは心の中で叫ぶ。
ヒュブリスだけが、皇帝との愛によって生まれた子。
アンゼリカが唯一胎内で育てて、自然分娩で産んだ子供。
ヴォルグやセリオスは人工子宮の中で胎児期を過ごし、出生後は乳母が育てたのでアンゼリカとの関係は薄かった。
操作パネルに手を伸ばすアンゼリカに、躊躇いは無い。
核兵器をクラスノダル地方に撃てば、多くの人が死ぬだけでなく、穀倉地帯の農作物にも被害が及ぶ。
そこまでして葬りたいほど、アンゼリカはヴォルグを憎んでいる。
しかし、彼女が核兵器を発射することはなかった。
「ヒュブリスの帝位継承を邪魔する者は、みんな消え……」
言葉の途中で、アンゼリカは目を見開いて身体を硬直させた。
直立不動の体勢のまま、彼女の身体は炭化していく。
『Конец жизни(終焉)』
背後にいる誰かが呟いた念話は、アンゼリカには聞こえなかった。
炭の人形と化したアンゼリカは、自らの死を自覚する暇も無くボロボロと崩れて消えていく。
11番目の異能に目覚めたのは、「静寂」という意味の名をもつガリーナ。
彼女は、生物や物体を消滅させる力をもっていた。
『危なかったね』
『あんな物を使われたら、クラスノダルがめちゃくちゃになっちゃう』
『これも消しちゃうね』
『そうしてくれ。どうせ兄上も使おうとするだろうからな』
念話で話すのは、王宮を見張っていたスヴェトラナと、ガリーナを瞬間移動させたタイシア。
ガリーナとヴォルグも会話に加わる。
その後、地下に残されていた核兵器は全て、ガリーナの力で分解消去された。
(……人工子宮から生まれても、乳母に育てられても、子供というのは母を慕うものなんですよ)
ヴォルグは、ワイングラスを片手に心の中で呟く。
幼少期にいつも部屋の窓から眺めていた光景が、脳裏に浮かぶ。
後宮のバラ園で楽しそうに笑いながらお茶を飲んでいるのは、アンゼリカと子供の頃のヒュブリス。
ヴォルグがそこに呼ばれることは、一度も無かった。




