第58話:帝国ニュース
ヴォルグが放った隠密が、ヒュブリス陣営の防衛網をあっさり突破したことは、その日のうちに報道された。
シュタルク帝国ニュースは、国内のニュースをどこよりも早く報道する。
独裁政治が続く帝国だが、報道は比較的自由だった。
とはいえ、帝位争いの動向は、暗殺が多いこともあり、秘匿されることが多い。
しかし、今回のニュースは第二皇子から動画を提供され、ぜひ報道してくれと言われている。
放送スタッフは、張り切って特番を組んだ。
『御覧ください、世界でもトップクラスのセキュリティを難無く突破して、ヴォルグ殿下の密偵が王宮内に侵入しています。悪用されると困るとのことで、侵入経路や手段は秘匿されております』
アナウンサーの語りと共に、動画が流れる。
それは、侍女アグラフィーナに化けたスヴェトラナが撮影したもの。
髪留めに仕込まれた超小型カメラに録画された映像だった。
茶器とヴァレニエを乗せたワゴンを押しながら、廊下を歩く様子が映る。
動画はスヴェトラナの視点に近いアングルになっており、撮影者本人は手や腕しか映っていない。
『なんと、指紋チェックや網膜パターンチェックを突破していますよ。残念ながら、どのような道具を使ったのかは教えて頂けませんでした』
動画に映るのは、ヒュブリスの執務室の扉がノックされ、難無くドアを開けて入る様子。
執務室の扉付近に、護衛はいない。
要人警護は、生身の人間よりもセキュリティシステムの方が頼りになる、というのが帝国王家の考えだった。
執務室のドアノブには、指紋センサーに連動する電撃発生装置が仕込まれている。
指紋登録をしていない者がドアノブに触れれば、数千ボルトの電流を食らう……筈。
しかし、動画では侵入者の手がドアノブに触れても、何も起こらなかった。
『ヒュブリス殿下、全く気付いておられませんね~……お、侵入者が手紙を渡しましたよ』
動画はテーブルに手紙を置くスヴェトラナの手と、テーブルから手紙を取って裏面の封蝋を眺めるヒュブリスを映し出す。
封を開けて便せんを取り出して見るヒュブリス。
彼の目が驚きに見開かれる映像の横に、別のカメラで撮影された静止画像が映し出された。
静止画像は、便せんの文面だ。
ヒュブリスをからかうような手紙を撮影した画像も、ヴォルグは報道機関に流している。
『王位継承権争いといえば暗殺が定番ですが、ヴォルグ殿下は飽きるほど狙われたのでしょうか。……おぉっと、密偵がリンゴを手に……えっ?!』
アナウンサーの驚く声が入った。
動画には、リンゴを持つスヴェトラナの手が映った後、カメラの方を向いたヒュブリスの顔面に激突して砕けるリンゴが映る。
投げる動作は、その後にスローモーション再生されてようやく見えた。
『……す、凄い……。これは……その気になれば余裕で暗殺できたのでは……』
本気で驚きながら呟くアナウンサー。
ニュースを見ながら、国民たちも呆然としている。
第一皇子と第二皇子の帝位争いは、第二皇子に軍配が上がるのではないか?
そんな気持ちが、国民たちの間に広がっていった。
◇◆◇◆◇
「ヴォルグめ……ふざけた真似をしおって……」
ギリッと歯噛みするのは、自室のベッドに横たわるヒュブリス。
包帯に覆われた彼の額には、大きなタンコブができていた。
命に別状は無いが、してやられたことが自尊心を大きく傷つけている。
ヒュブリスにリンゴを投げつけた女は、いつのまにか入れ替わった偽物の侍女だった。
本物の侍女は、ヒュブリスが気絶している間に、食糧庫の果物置き場から発見された。
「私はリンゴ置き場の前を歩いていた筈なのに、どうしてこんな場所に……?」
見習い料理人の若者に発見されたアグラフィーナは、意識が戻ると不思議そうに首を傾げて呟く。
アグラフィーナは、果物置き場まで来たことは覚えているが、自分がいつ意識を奪われたかも分からないという。
セキュリティを突破して、誰にも気づかれずに侵入して侍女と入れ替わった密偵に、王宮の使用人たちは慄いた。




