第57話:変化自在
9番目に異能が発現したのは、輝く星という意味の名を与えられたスヴェトラナ。
彼女は、様々なものに変身する能力に目覚めた。
戦乙女たちは白鳥の姿と人間の姿、その中間の天使に似た姿の3パターンに変身できる。
スヴェトラナはその3つ以外に、自らが見たものや触れたものに似た姿に変身が可能だ。
「良い異能だねスヴェトラナ。その変身能力を使って王宮に潜入してみてくれるかい?」
「畏まりました」
彼女の異能を知ったヴォルグは、早速任務を与えた。
王宮の見取り図を見せて、詳しく説明すると、乙女は勝気な笑みを浮かべて頷く。
戦乙女たちは、主人に頼られることに幸せを感じる。
自分にしかできない役割を与えられたスヴェトラナの心は、幸福感に満ちていた。
『Изменение тела(肉体の変化)』
ノリリスクに向かう食品輸送トラックの荷台に忍び込み、スヴェトラナは近くにある物に触れながら目を閉じる。
その姿は、普段とは全く違うものへと変わっていった。
◇◆◇◆◇
「異常なし。通っていいぞ」
シュタルク帝国王都ノリリスク。
防壁に囲まれた都市の正門は、あっさりと通り抜けられた。
食材の輸送トラックの荷台に潜むスヴェトラナは、目視は勿論、探知機にもひっかからない。
「御苦労さん、いつもの場所に入れといてくれ」
王宮の門も、問題無く通過。
トラックは城の食糧保管庫の前で停まり、荷下ろしを始めた。
一見何の異常も感じられない食材の数々。
けれどその中に、スヴェトラナは紛れ込んでいた。
『細胞レベルまで擬態すると、探知機も発見できないようです』
『そうだろうね。そこまで姿を変えられる技術は他に無いし、毒物でもないから検出は不可能だろう』
念話でヴォルグと連絡をとるのは、1個のリンゴに姿を変えたスヴェトラナ。
彼女の変身能力は、現代の科学では見破れないものだった。
そもそも、侵入者がリンゴ1個に擬態しているなんて、思いつく者はいない。
『侍女が入ってきました』
『兄上の専属侍女か?』
『はい、画像を見せて頂いた侍女アグラフィーナに似ています』
『ティータイム用のヴァレニエを取りに来たのだろう。すり替われるか?』
『やってみます』
侵入者がいるとは気付かず、第一皇子付きの侍女アグラフィーナが果物置き場を歩いている。
彼女はリンゴの木箱の横を通り過ぎようとしたとき、フッと力が抜けたようによろめいた。
気を失ってグッタリと倒れかかるアグラフィーナを抱き留めたのは、彼女と全く同じ容姿の女性。
『遺伝子情報、コピー成功しました』
『よし、本物は倉庫の奥に隠して、兄上に茶を淹れてやれ』
スヴェトラナはクローン以上の精度で元の人間を再現できる。
網膜パターンや指紋も同一のため、生体データチェックで別人だと見破られることは無かった。
偽アグラフィーナは茶器とヴァレニエをワゴンに乗せて、ヒュブリスの執務室へと向かう。
「アグラフィーナでございます。お茶をお持ちしました」
「入れ」
ドアノブに設置されている指紋チェックもクリアして、偽アグラフィーナは執務室に入った。
声も話し方も、茶を淹れる手つきさえも、本物と同じ。
ヒュブリスは全く気付かず、出されたお茶とヴァレニエを口にする。
王族は毒を検出する装飾品を常に身に着けているので、お茶にもヴァレニエにも毒は無いことは分かっていた。
「それから、殿下へのお手紙を預かってまいりました」
偽アグラフィーナは、テーブルの端にそっと封筒を置く。
飾り気のない白い封筒は、少なくとも恋文ではなさそうだ。
「ふむ……」
カップを片手に、ヒュブリスは置かれた手紙に空いている手を伸ばす。
封筒を裏返すと、差出人の印である封蝋が見える。
皇族や貴族それぞれがもつ印、封蝋は狼を模していた。
メールや通信用アプリでのやりとりが主流の時代だが、上流階級は手紙を好むことが多かった。
「ヴォルグか。一体何を書いて……は?」
ヒュブリスはカップを置き、封蝋で閉じられた封筒を開け、便せんを取り出した。
便せんに書かれた文面を見て、驚きに目を見開く。
「では、わたくしはこれで失礼致します」
一礼すると、偽アグラフィーナは執務室から去っていく。
……但し、入ってきた扉ではなく、バルコニーへ。
「なっ?!」
ギョッとして顔を上げた直後、ヒュブリスの額に赤くて丸い物が激突する。
脳震盪を起こして仰向けに倒れるヒュブリスの額からボロボロと落ちたのは、砕けたリンゴの欠片だった。
手元から離れてヒラリと宙に舞う手紙には、こう書いてある。
暗殺好きの兄上へ
いつもと違う侍女が淹れたお茶はいかがでしたか?
無駄なので毒は入れておりません。
そうそう、本物の侍女は生きていますのでご安心下さい。
暗殺に飽きた弟より
ヒュブリスが目視できない速さでリンゴを投げつけたスヴェトラナは、白鳥に姿を変えてバルコニーから飛び立つ。
すぐに加速して音速を超える速度で飛翔する白鳥を、目視できるものはいない。
侵入者を感知した警報機が鳴る頃には、彼女の姿は影も形も無かった。




