第54話:剣聖の乙女たち
4番目と5番目の異能は、同時に【発現】を果たした。
アヌーシュカとアーニャ、どちらも「優雅」という意味をもつ名前を与えられた乙女たち。
彼女らの異能は、ありえない強さを秘めた剣技だった。
「ペルミの制圧に向かえ。但し、都市にダメージを与えてはならない」
「「了解!」」
ヴォルグに命じられ、城の屋上から飛び立つ2羽の白鳥。
空へ上がれば、その飛翔速度は音速を超える。
ウラル山脈の西側に位置するペルミは、カマ川沿いに広がる工業都市である。
機械工業、石油化学、木材加工、軍事産業が盛んであり、シベリア鉄道が通る鉄道の分岐点で、陸上・水上交通の要衝でもある。
ヴォルグはそこを制圧することで、自らの勢力を広げる計画を立てていた。
ペルミは軍事的に重要な都市ゆえに、帝国軍の兵士が数多く常駐している。
その兵士たちは、現在はヒュブリス側についていた。
「な、なんだお前たちは?!」
「女? 都民コードが無いぞ」
「ヴォルグ皇子の密偵か?!」
「どこから入って来た?!」
軍事工場の敷地内に忽然と現れた2人の女性を見て、警備の兵士たちが騒ぎ出す。
しかし兵士たちは、彼女等が視界から消えると同時に沈黙した。
構えた銃を発砲することも無く、兵士たちはその場に崩れるように倒れていく。
『殺してない?』
『うん、大丈夫』
白いドレス姿の乙女たちは、それぞれ片手に剣を持っていた。
それは片刃で反りがあり、【峰打ち】が可能な日本刀に似た形状の剣。
音速を超える剣技を放つアヌーシュカとアーニャのために、特別に作られたものである。
『とりあえず、うちの兵士さんたちが来るまで眠らせとこう』
『OK』
乙女たちは手にした剣の柄先を、倒れた兵士の眉間に当てる。
プシュッという音と共に、兵士は一時的な気絶から長時間の深層睡眠へと移行していった。
「そこで何をしている!」
「敵か?!」
先に倒した4人に睡眠薬を打ち込み終えた頃、見回りに来た別の兵士たちが気付いて騒ぎ出す。
その中の1人は、壁に取り付けられた非常ベルのボタンを押した。
「何だ?!」
「火災か?!」
あちこちから人が集まってくる。
中には火事だと思って消火器を手に駆け付ける者もいた。
「女……?」
「都民コードも無いのに、どうやって入った?」
ペルミの兵士たちは、都民と外部の人間を見分けるため、都民コードを読み取るゴーグルを装備している。
人工生命体の女性たちに都民コードは無く、すぐに部外者だと見抜かれていた。
しかし都民ではないとバレたところで、アヌーシュカとアーニャの任務には全く支障は無い。
ペルミへの出入りには門番のチェックが必要だが、レーダーにも映らない速度で空から飛来する乙女たちを防ぐことはできなかった。
『いっぱい来たね』
『手間が省けて丁度いいわ』
続々と集まってくる兵士たちを見ても、乙女たちは動じない。
悠然と微笑みすら浮かべる美女たちに、動揺するのは兵士たちの方だった。
「「Танец с саблями(剣舞)」」
呟いた直後、アヌーシュカとアーニャの姿がその場から消える。
次の瞬間、数人の兵士がその場に頽れた。
「何っ?!」
驚く兵士も、次の瞬間に地面に転がる。
「ど、どこだっ?!」
ギョッとして辺りを見回す兵士も、敵を目にすることなく倒れる。
「ヒイッ!」
「馬鹿! 無闇に撃つな!」
訳の分からない状況に怯えて短銃を発砲する兵士も、それを叱る兵士も昏倒した。
めくらめっぽうで放たれた弾丸は、キンッという音と共に真っ二つに割れて地面に転がる。
兵士たちには全く見えないが、長い金髪や白いドレスを翻し、美女2人は舞うように剣を振るっていた。
軍事工場を警備していた兵士たちは、呆気なく無力化されていく。
銃撃も、彼女たちには全く脅威にならない。
空中を飛ぶ弾丸すらも止まって見えるほど、乙女たちは速かった。
アヌーシュカとアーニャは工場の兵士を全て倒すと、悠々と街の中を歩く。
都内巡回中の兵士たちも、都民コードの無い乙女たちを目撃した次の瞬間には意識を奪われた。
そうしてペルミの都内に常駐する兵士の大半を無力化した頃、乙女たちは都市の西側入口の門へと向かう。
「御苦労様、しばらく休んでいいわよ」
「?!」
背後から声をかけられて、振り返った直後に門番たちは昏倒した。
門番が倒れたのを合図に、ペルミの監視網の範囲外で待機していた護送車が一斉に向かってくる。
「なんだなんだ?」
「兵隊さん、急病か?」
「集団食中毒かな?」
グッタリしたまま運ばれていく兵士たちを眺めて、都民たちは首を傾げる。
どこにも怪我をしていないのに意識を失っている兵士を見て、薬で眠っていると気付く者は無かった。
(ど、どうなってるんだ……?!)
困惑するのは、非番のため私服姿で街に出ていた兵士。
その彼も、突然フッと意識を失って路上に倒れ込む。
近くを通るヴォルグ軍兵士たちは、倒れた男も回収して街の外へ運び出した。
『ソーニャ姉さま、これで全部?』
『ええ、全て護送車に入ったみたいね』
アヌーシュカとアーニャは念話でソーニャと連絡をとっていた。
ソーニャはペルミ在住の兵士データを読み取りながら、妹たちに指示を出している。
ペルミの兵士は全員がGPSを着けており、居場所を把握するのは容易だった。
『じゃあ、あとはうちの兵士さんたちに任せて帰ってもいい?』
『いいわよ。お茶とお菓子を用意して待ってるわ』
任務を完了した乙女たちは白鳥に姿を変え、再び音速を超えて飛び去っていった。




