第51話:ソーニャとニーカ
シュタルク帝国南部クラスノダル地方。
黒海沿岸に位置しており、寒冷地が多いシュタルク帝国の中では比較的温暖な地方である。
大カフカス山脈の北西麓から広がる平野に位置し、気候が温暖な上に土地が肥沃で、帝国の重要な農業地帯のため、ヒュブリス軍が迂闊に侵攻できないという状況にあった。
ヴォルグの居城地下。
異能に目覚めた乙女たちが、その力を使う練習に励んでいる。
卵から生まれた雛のほとんどが、成鳥になる前に乙女の姿に変身する【覚醒】を済ませている。
その中に、異能を使えるようになる【発現】まで進んだ者がいた。
「до́ступ(接続)」
地下に設けられた軍事基地の指令室で、黄金の髪と紫の瞳をもつ美女が呟く。
帝国語で【英知】という意味の名を与えられたソーニャだ。
彼女は、自分または相手に超感覚的知覚をもたらす異能をもっていた。
「Обостри́ свои́ чу́вства(感覚を研ぎ澄ませ)」
ソーニャの異能は、透視能力や遠視能力や盗聴能力の他に、ハッキングにも役立つ。
その超常の能力は、現代の科学では防ぐことは不可能だった。
ヒュブリス軍の情報をあっさり読み取ったソーニャは、念話でヴォルグに告げる。
『暗殺者集団【氷の短剣】、ロストフ側からの潜入を試みています』
『なるほど、兄上らしい手段だな』
軍隊での侵攻が躊躇われる状況で、ヒュブリスが考えそうなこと。
それは、母アンゼリカに従う暗殺者たちを差し向けることだった。
ヴォルグもアンゼリカの実子なのだが、母は長男ヒュブリスを溺愛している。
『ニーカ、出られるか?』
『はいヴォルグ様、いつでも』
ヴォルグが続けて話すのは、帝国語で【勝利】という意味の名を与えられたニーカ。
彼女は、雷や風などの自然現象を操り、敵を殲滅する異能をもっていた。
『行け、暗殺者どもを潰せ』
『ニーカ出ます!』
城の一角から、ヒュンッと何かが飛ぶ。
城の騎士たちには目視できないそれは、超高速で飛翔する白鳥だった。
◇◆◇◆◇
一方、クラスノダル地方の北部に隣接するロストフ州を進む暗殺者たちは……
「クラスノダルへ行きたいんだが、乗せてってくれないか?」
「構わんがその人数じゃ助手席は無理だな。1人は助手席で1人は荷台でいいか?」
ヒッチハイカーを装い、牧草を積んだトラックに乗せてもらう交渉をしている。
第一皇子と第二皇子の帝位争いが膠着状態の中、第二皇子を支持する民衆がクラスノダル地方を目指すことは珍しくない。
運転手は何の疑いももたずに2人のヒッチハイカーを受け入れた。
しかし、今回は乗せた相手が悪かった。
「ありがとよ」
助手席に乗り込んだ男が、ニヤリと笑いながら運転手のこめかみに短銃の銃口を押し付け発砲する。
運転手は白目を剥き、ハンドルに寄りかかるような体勢で動かなくなった。
もう1人の男が運転席側の扉を開けて、遺体を引きずり降ろすと地面に投げ捨てる。
暗殺者たちは遺体に干し草を被せると、その場に置き去りにしてトラックを発進させた。
難無くクラスノダル地方へ入れるかに思われた2人組だが、ロストフ州から出ることはできなかった。
「お、おい、なんだあいつ?」
「女? いきなり現れなかったか?」
前方に突然現れる人影。
白いドレス姿の金髪女性は、無表情でトラックを見つめて立っている。
「град(雹)」
彼女は表情を変えないまま呟く。
直後、雹というには大き過ぎる、バレーボールサイズの氷塊が突然現れて高速で飛び、トラックのフロントガラスを叩き割った。
「グエッ!」
「危ねぇ!」
運転席の男は飛び込んできた氷の塊に胸の辺りを強打され、息が詰まって無意識にブレーキを踏む。
助手席の男は急ブレーキのせいで前のめりになるが、シートベルトをしていたので外に投げ出されずに済んだ。
無表情の金髪女性は、片手の人差し指を天に向けた後、スッと下ろしてトラックに向ける。
「удар молнии(雷撃)」
彼女が呟いた直後、天から降ってきた2つの稲妻がトラックの二人組を襲う。
運転席と助手席にいた2人の暗殺者は、雷の直撃を受けて白目を剥き、一瞬硬直した後にガクリと脱力して動かなくなった。
「сжигание(焼却)」
白いドレスの女性は無表情のまま呟く。
途端に、暗殺者たちの遺体が燃え上がる。
超高温の炎は骨も残さず、既に息絶えた2人を燃やし尽くした。
『任務完了。ニーカ帰還します』
暗殺者たちを片付けた女性ニーカはヴォルグに念話で報告した後、白鳥に姿を変える。
白鳥はグッと踏み込むような仕草をしたかと思うと、フッとその場から消えた。
普通の白鳥ではありえない速さで飛び立ち、飛翔し、ニーカは主のもとへと帰っていった。




