第48話:киллер группа(暗殺者集団)
千年の歴史の中で、皇族が度々暗殺されてきたシュタルク帝国。
娘を皇家に嫁がせる高位貴族家には、それぞれ密かに契約している暗殺者がいた。
『また失敗したのね』
『申し訳ございません』
その夜、先帝の正妃アンゼリカは、就寝したと見せかけてブローチ型の通信機をベッドの中に持ち込み、密かに何者かと通話を始めた。
アンゼリカは侯爵家から皇帝に嫁いだ令嬢であり、侯爵家に仕える暗殺者集団【氷の短剣】を動かすことができた。
「セリオスもアナスタシアも日本の小さな宿屋に滞在しているのでしょう? 何故忍び込んで暗殺できないの?」
「それが、あの宿屋は何か強力な霊魂に護られていて、害意ある者は侵入できないのです」
「霊魂?」
アンゼリカは眉を顰める。
殺しのプロが死者(霊)に阻まれるとは滑稽な話だ。
人間なんて死んでしまえば何もできなくなると思っているアンゼリカには、信じられない話だった。
「そんな見えも触れもしないものに、侵入を妨げられるというの?」
「はい、侵入を試みましたが、敷地内に入りかけた瞬間に別の場所へ転移させられたのです」
訝しむアンゼリカに、暗殺者の男は自らに起きた超常現象を語り始める。
◇◆◇◆◇
深夜0時。
民宿西野は22時消灯であり、その時刻には非常灯以外の照明はOFFになっている。
客室の窓は全て暗くなっており、セリオスも騎士たちも就寝済と思われた。
(よし、今なら……)
暗殺者は自作の消音銃を手に、民宿西野に近付く。
日本の銃刀法に阻まれて帝国から武器を持ち込むことはできないが、暗殺者たちは現地の素材で武器を造る技術に長けていた。
(あの化け物みたいに強い奴も、眠っているようだな)
男は愛歌の部屋の窓をチラリと見る。
窓はカーテンが閉められ、室内は真っ暗だ。
任務の完了を間近に感じつつ、民宿西野の敷地と道路を隔てるオンコ(イチイ)の生垣を跳び越えようとした直後、視界がグニャリと歪んだ。
直後、彼はオホーツクの海に投げ出された。
越えようとした筈の針葉樹はどこにも無い。
あるのは真夏も冷たい海水だけ。
ドボーン! と落下した彼は、濡れてまとわりつく衣服に阻まれながら、必死で岸まで泳いだ。
(どういうことだ?!)
何がどうしてそうなったのか、さっぱり分からない。
ボタボタと海水を滴らせ、8月でも夜になれば15℃を下回ることもある宗谷地方の寒さに震えつつ、海岸に引き上げられているボートを風よけにしながら、ピアスタイプの通信機で相棒の間諜に連絡をとる。
『おい、俺が生垣を越えようとしたときに何が起きた?』
『って、お前今どこにいるんだ?! 生垣を飛び越えたかと思ったら途中でフッと消えたぞ?!』
どうやら、瞬間的な移動が起きたらしいと分かる。
しかし日本のセキュリティにそんな効果をもつものは無い。
むしろ帝国の技術でも、侵入者を瞬時に離れた場所へ移動させる装置は造られていない。
『俺は海中に放り出されて、泳いで港まで戻ったところだ』
『一体何のセキュリティなんだ……? 生垣に何かあるのか? ちょっと叩いてみよう……』
間諜はそう言って街路樹の枝を折り取り、生垣を叩いてみた……らしい。
しかし通信機から聞こえてきたのは、バシッという何か硬い物が当たったような音と、低く呻くような声と、ドサッと何かが倒れた音。
それっきり相棒の声はしなくなり、男が現場まで走って戻って見れば、額から流血して倒れている相棒がいた。
その傍らには、折れた木の枝が落ちている。
(……一体どうなってるんだ……?)
困惑しながら相棒を抱き起していると、生垣から白い煙のようなものが滲み出てくる。
白い煙はスーッと寄り集まった後、人間を模した形に変わった。
『害意アルモノハ、ココヲ通サナイ!』
強烈な思念波が、脳内に流れ込んでくる。
締め付けられるような頭痛に、暗殺者は顔を歪ませた。
『去レ!』
更に強烈な思念が脳に突き刺さった直後、また視界がグニャリと歪んだ。
グッタリした相棒もろとも、冷たい海に放り出された。
(おいおいおい! またかよ!)
二度目は意識の無い人間を引っ張って泳ぐことになり、疲労は倍以上。
ようやく岸まで泳ぎ着いた頃には、疲れ果てて歩けなくなった。
相棒を砂浜に寝かせて、自身もしばらく寝転がり、夜風の冷たさに震える。
その後、2人とも酷い風邪をひき、しばらく寝込むこととなった。
以来、暗殺者も間諜も生垣には近寄らないようにしている。
◇◆◇◆◇
『白い煙……それが霊魂だとお前は思うの?』
『はい。少なくとも生身の人間ではないと思います』
アンゼリカはそんな超常の力をもつ霊がいるとは、すぐには信じられない。
しかし、暗殺者が嘘をついているようには感じられない。
『しょうがないわね。他の者と交代させるから戻ってきなさい』
意気消沈する暗殺者が使い物にならないと感じたアンゼリカは、すぐに帰国を命じた。




