第47話:間諜の苦悩
セリオスたちの動向を見張り続ける間諜ヴァシリーは、雇い主への報告に苦労していた。
暗殺計画の結果だけ伝えるなら苦労はしない。
失敗しましたとだけ言えばいいのだから……勿論上司に怒られるが。
問題は、失敗に至る経緯の報告だ。
これまでに何人も葬ってきた暗殺者たちが、たった1人の女子高生に撃退され続けるなんて……。
最初は何者かから依頼を受けた傭兵だと思っていた。
しかし、出自を調べてみると本当に成人前の高校生で、地元生まれの少女だと分かった。
(……頼む……今度こそ仕留めてくれ……)
ヴァシリーが祈りながら目を向ける先には、民宿西野の中庭でバドミントンを楽しむセリオスと愛歌がいた。
離れた場所に立つ樹木には、枝葉に身を隠す暗殺者の男がいる。
男は消音銃をセリオスに向けて発射したが、銃弾がターゲットに当たることは無かった。
セリオスの向こう側にいる愛歌が、力強いスマッシュでシャトルを放ち、銃弾に当ててきたのだ。
(何故、当たる?!)
動体視力に優れたヴァシリーは驚愕した。
バドミントンは、球技の中で打球の初速がもっとも速いことでギネスブックに認定されている。
スマッシュの初速は、最速で時速493kmに達する。
但しシャトルが空気抵抗を受けやすく、すぐに失速するので、初速と終速の差が著しい。
愛歌のスマッシュは、放った直後はヴァシリーでも目視できない速度だった。
ヴァシリーに視えたのは、シャトルのコルク部分に銃弾が刺さった瞬間。
暗殺者の銃弾はセリオスに掠りもせず、シャトルと共に地面に落下した。
「……」
愛歌は真顔無言でシャトルを拾い上げる。
彼女は銃弾を抜き取って空中に放り投げたかと思うと、力強く素早くラケットで打ち放った。
空気抵抗が少ない鉛玉は、スマッシュの爆速そのままに暗殺者を襲う。
ボンッ! という爆発音がした後、樹上から壊れた銃と共に迷彩服姿の男が落下した。
示し合わせたように、民宿西野の法被を着た騎士が2人駆け寄り、気絶した暗殺者を拘束する。
(……嘘……だろ……? あの距離で茂みに隠れた奴の武器を壊すか?!)
ヴァシリーは青ざめ、驚きと恐怖で身体が小刻みに震えている。
そんな彼の額に、何かがぶつかった。
痛くはない。何か軽い物が飛んできて当たっただけ。
しかし額を離れて手元にポロッと落ちた物を見た途端、ヴァシリーの思考は恐怖感で埋め尽くされた。
それは、さっき銃弾を止めたシャトル。
コルク部分が抉れたそれが、何故ここにあるのか?
ヴァシリーは恐怖に震えながら、再び民宿西野の中庭に目を向ける。
そして、こちらを見詰める紫の双眸に気付いた。
「……ヒッ……!」
思わず短い悲鳴を漏らすヴァシリー。
隠れていたのに、気付かれていた。
愛歌は「お前がいることは知ってるよ」とでも言いた気な視線を向ける。
ガタガタ震え始めたヴァシリーは、茂みの中から飛び出して一目散に逃げ出した。




