第44話:勘違い
民宿宗谷へ向かう途中、アナスタシアは愛歌に見惚れていた。
愛歌はアナスタシアが時折ポッと頬を染める様子から気付いてはいるものの、イケメンと間違われるのは日常茶飯事なので、またか~くらいに思っている。
「麺類はお好きですか? あの店はラーメンが美味しいですよ。乾燥ホタテで出汁をとったスープが絶品です」
「ホタテですか、それは良い出汁がとれそうですね」
途中でラーメン屋の近くを通ったので、さり気なく観光案内をする愛歌。
ホタテは帝国でも様々な調理方法で食されており、アナスタシアもスープの美味しさが想像できた。
帝国から脱出できたことで、アナスタシアは少し安心している。
しかし、民宿西野に近付いたことで、彼女はヒュブリス側の間諜に見られてしまった。
「アナスタシア様を発見しましたが、いかがいたしましょうか?」
「殺れ」
王城で間諜からの報告を受けたヒュブリスは即答であった。
実の弟に暗殺者を差し向ける男に、父親の側妃を殺すことへの躊躇いなどは無い。
「この扉の先がフロントです。私はここまでで」
「はい、ありがとうございました」
民宿宗谷の玄関前で、案内を終えた愛歌が離れていく。
アナスタシアは愛歌に礼を言った後、扉の方へ歩いて行こうとした。
(今だ!)
暗殺者はアナスタシアめがけて矢を放った。
矢はアナスタシアの背中から胸を貫く筈だったが、彼女は予想外の行動をした為、急所を外れてしまう。
「あ、あの、お名前を……きゃあ!」
名前を聞きたくて愛歌を呼び止めようと身体の向きを変えたアナスタシア。
その腕を、ボウガンの矢が掠める。
悲鳴に驚いて振り返った愛歌が、すぐに駆け寄り2発目の矢を掴んで阻止した。
「早く建物の中へ!」
「は、はい!」
3発目が飛んでくる前に、愛歌はアナスタシアの手を引いて民宿宗谷の建物内へ避難させた。
愛歌には暗殺者などもはや珍しくもないが、セリオス以外が狙われたのを見たのは初めてだ。
「お客様、大丈夫ですか?!」
「救急箱、持ってきて!」
二の腕から流血しながら入ってきたアナスタシアを見て、民宿宗谷のスタッフは騒然となった。
幸い矢は少し掠った程度で傷は浅く、出血もそれほど多くはない。
(もしかして、この人も帝国の王族?)
愛歌は、アナスタシアが只の観光客ではないと察した。
アナスタシアは殺されかけた恐怖が心の中に広がり、愛歌にしがみついてガタガタと震えている。
「とりあえず応急処置はしておきました。先ほどの御予約のお客様でしょうか?」
「予約を代行した西野です。ちょっと事情が変わったので、彼女はうちへ連れて帰ります」
「分かりました。では送迎車を出しますよ」
民宿宗谷のスタッフと愛歌の会話を、アナスタシアは言葉を発する余裕も無く聞いている。
恐怖と混乱で思考がまともに働かず、喋ることができない。
すぐに車が手配され、腰が抜けて立ち上がれないアナスタシアは愛歌に抱き上げられた。
車は玄関のすぐ前に停車していて、愛歌はアナスタシアがまた狙撃されないように素早く車内に運ぶ。
「大丈夫、落ち着いて。私が護ります」
「あ……ありがとう……」
送迎車の後部座席で、アナスタシアは愛歌の言葉に頬を赤らめた。
それをバックミラー越しにチラッと見た運転手はコッソリ苦笑する。
(あ~、愛歌ちゃん、また無自覚に女性を魅了してるよ……)
愛歌をよく知る彼は、心の中で呟いた。




