第40話:後宮の攻防
シュタルク帝国、王都ノリリスク。
皇帝不在の王城、その後宮では亡き先帝の妃たちが暮らしている。
新たな皇帝が決まればその母は皇太后となり、何不自由なく生活できるのだ。
(側室の子らは全滅、これで私が皇太后になるのは確実ね)
先帝の正妃アンゼリカは、自室のテラスでティータイムを楽しみながら、眼下に広がる王都の街並みを眺めて思う。
帝位争いの際に、王都は攻撃してはならないという決まりがある。
アンゼリカの長男と次男は、王都から離れた場所で継承権を巡る争いを続けていた。
三男のセリオスは既に継承権を放棄しており、その争いから離脱している。
次代の皇帝はヒュブリスかヴォルグのどちらかになるだろう。
「アンゼリカ様、お茶のおかわりはいかがですか?」
「いただくわ」
茶を淹れているのは、元側室のアナスタシア。
妃の中では最年少で、最後に娶られた者であった。
子供が死亡したことで皇太后になる可能性は無くなり、今は宮廷侍女に転じている。
(アナスタシア、太ったかしら? ……いえ、違うわね)
お茶のおかわりを注いでもらいながら、アンゼリカはアナスタシアの腹部を見て思う。
女の感というもので、そこにある存在に気付いたアンゼリカは、アナスタシアを下がらせた後に左腕にあるブレスレットの宝石を口元に近付けて何か小声で何か囁いた。
(アンゼリカ様に、気付かれたかも)
その夜、アナスタシアは自室に戻り、自らの腹部に手を当てて思う。
お茶のおかわりを注ぐ際に、アンゼリカの視線が自分の腹部に向けられ、一瞬だがギラリとした鋭いものに変わったのを気付いていたから。
夫であった先帝が亡くなる1ヶ月ほど前に宿したと思われる子がそこにいる。
年若く美しいアナスタシアは先帝の寵愛を受けており、皇帝が病に倒れる直前まで夜を共にしていた。
アナスタシアが自らの懐妊に気付いたのは、他の妃たちと共に先帝の病死を看取った直後。
最愛の息子が冬の池で凍死したのは、それからすぐ後のことだった。
(城から出よう)
アナスタシアの行動は早かった。
侍女に転じているおかげで、動きやすくて目立たない私服は持っている。
買い物などの用事を言いつけられて街へ行くことはよくあり、城から難なく出ることができた。
(この子だけは、護ってあげなきゃ)
アンゼリカ以外の妃の子らは全滅している。
過去の帝位争いでは、妊娠中の妃が胎児もろとも殺されたこともあったという。
妊娠を知られたら、アンゼリカの手の者にお腹の子を殺される予感しかない。
アナスタシアは手早く旅支度を済ませると、後宮から抜け出した。




