第29話:白い羽の記憶
西野家の祖先が残した羽が、ソーニャの呼びかけに応えて語る。
羽の持ち主は、遥かな昔に帝国の研究機関が作り出した生命体であった。
『私は、帝国の皇帝エルガー・ツォルン・シュタルクのために作られた。けれど皇帝は冷たく恐ろしく、仕える気にはなれなかった』
白い燐光を放ちながら、羽はソーニャに真実を告げる。
ソーニャはその【声】をテレパシーで増幅し、西野家の人々にも聞こえるようにした。
羽の持ち主の子孫ではない風花には、夫の優人がテレパシーを繋げる。
テレパシーは人工生命体とその子孫以外に、夫婦でも伝わるらしい。
過去の映像が、その場にいる全員の脳に伝わる。
銀の髪とアイスブルーの瞳をもつ、まだ若い男が映し出される。
整った顔立ちや冷酷な表情は、現在の第一皇子ヒュブリスにそっくりだ。
怖い、という感情が伝わってくる。
それは、羽の持ち主が孵化して最初に見た相手の記憶だった。
(刷り込みに失敗したのかしら。本来なら卵から出て最初に見た者を慕うのに……)
ソーニャはふと、孵化を待つ卵たちを思い浮かべる。
もしも刷り込みに失敗もあるのなら、対策を考えなければとも思った。
『怯えてばかりで覚醒しない私は、不良品として廃棄された。殺されると分かったから、処分場で袋から出される隙をついて脱走したわ』
暗闇の中、頭上が明るくなると共に誰かの片手が伸びてくる。
その瞬間、勢いよく飛び出したように、急速に上昇する様子が映る。
ポカンと口を開けたまま、見上げる軍服姿の男たちが真下に、だんだん小さくなっていく。
一面に広がる雪と、樹氷に覆われた木々も下へ離れていき、ジオラマのように小さくなる。
雪が舞い落ちる空へと上昇した後は、水平飛行に移行した。
『私は必死で逃げた。全力で飛び続けて、体力が尽きて、森の中に降りて気を失ってしまったの』
眼下を高速で流れていく雪原や森。
その速度が緩やかになり、ゆっくりと下降が始まる。
半ば雪の中に突っ込むような不時着の後、映像は一時的に暗転した。
『気が付いたら、知らない人間がいた。彼は初めて私に優しくしてくれる人だった』
暗闇から明るくなり、栗色の髪と緑の瞳をもつ青年が間近にいた。
直後、慌てて退いたように、映像は後方へ移動する。
青年はキョトンとした後、何か察したように微笑み、扉の向こうへ去っていった。
しばらくすると、青年はステンレス皿を手に戻ってくると微笑みながら話しかけて皿を置き、部屋から出ていく。
しばらく間があって皿に近付く映像になり、皿の中にパンとペレットのような物が入っているのが見えた。
『私は彼の傍にいたいと願った。そのとき覚醒して人間になり、名前をもらったのよ』
白い雪と、白い羽毛が森の中に舞う。
白い羽に覆われた鳥の翼が、白い肌に覆われた人間の腕に変わり、栗色の髪の青年を抱き締めた。
『彼と私は愛し合い、子供が生まれた。子供が結婚して孫も見られて、私たちは幸せに命を終えられたの』
映像に映し出された赤ん坊は、黄金の髪に紫の瞳。
赤ん坊は男の子で、中性的で美しい顔立ちの少年に育っていった。
まるでアルバムをめくるように映像は流れ、男の子は大人になり、花嫁と並ぶ姿が映り、新たな赤ん坊が映し出される。
『私は、未来に生まれてくる筈の子供たちも愛しているわ』
一面に広がる薄紫色の小さな花。
それはおそらく実際の風景ではなく、羽の持ち主の心情を表わしたものだろう。
雪を融かす春の日差しのような温かい感情が、映像と共に流れ込んでくる。
この日、西野家の人々は、祖先からの想いを受け取った。




