第9話:放課後のティータイム
「おぉ、美味しそうだ」
日本最北端のカフェ、吐夢宗谷。
セリオスは初めて食べるフランス発祥のスイーツに目を輝かせている。
クレープはフランス北西部のブルターニュが発祥で、元になったのは蕎麦粉で作った薄いパンケーキのガレットという料理。
ガレットは小麦が育ちにくいブルターニュ地方の庶民の食べ物だったが、ルイ13世の妻アンヌ王妃がブルターニュ地方を訪れた際に偶然口にして気に入り、宮廷料理に取り入れたといわれている。
その際に蕎麦粉から小麦粉に変わったり、粉と水と塩のみだった生地に牛乳やバター、鶏卵、砂糖などが加えられるようになったという。
日本のクレープは1937年(昭和12年)頃にはフランス料理のデサートとして存在していたらしい。
その頃は皿に盛られてナイフやフォークで食べるスイーツだった。
1976年、東京・渋谷にマリオンクレープが開店した際に、クレープを専用の巻紙に包んで提供し、手に持って食べる様式を定着させたという。
果物や生クリーム、アイスクリームなどを包んだクレープは日本独自のもので、原宿カフェクレープが始まり。
買ってそのまま店の前で食べる、または食べ歩くスタイルも日本(原宿)が始まりで、中国やカンボジアなどにも広がっている。
そんなわけで日本のクレープは紙で包まれていて手で持って食べるスタイルが多いけれど、レストランなどでデザートとして出されるものは皿に盛られている。
吐夢宗谷では紙に包んで渡すテイクアウト用の他、皿に盛ってフォークとナイフで食べるイートインでも提供されていた。
愛歌たちは普段は紙に包まれたクレープを手で持って食べているが、今回はセリオスに合わせて皿に盛って食べることにした。
「セリオス、それはなぁに?」
「これは私が食べる物をチェックする道具だよ」
美冬が不思議そうに首を傾げて問うた。
セリオスは初めてのセルフサービスで自分の席まで運んだ皿盛りクレープに、腕時計のような物をそっと近付けて何か調べている。
小さな液晶画面に映し出された文字は、クレープの成分。
続けてセリオスはクレープが盛られている皿、フォークとナイフも同様に調べている。
「便利ね~。アレルギーがある人に役立ちそう」
「っていうかそれ、毒……」
「シッ」
日常的な便利さを感じる美冬。
一方で、王族ならではの使用目的に気付いた春樹の言葉を、愛歌がそっと制した。
王族であるセリオスには、毒殺の危険が身近にある。
それは食べ物だけでなく、食器に仕込まれる可能性もあるのだ。
セリオスが使う腕時計型の道具は、毒殺を未然に防ぐ装備品だった。
「うん、美味しい」
成分チェックに問題ないと分かると、セリオスは上品にナイフとフォークを使い、クレープを口に運んでニッコリ笑う。
実年齢よりも幼く見えるセリオスは、笑うと無邪気な子供のようだ。
「帝国ではクレープを売ってないの?」
「似た食べ物はあるよ。ブリヌイといって生地は似ているけれど、具はかなり違うね」
「ブリヌイはどんな具?」
「キャビア、ザワークラウト、魚の燻製などを乗せて前菜にしたり、ジャムを乗せてデザートにして食べているよ」
「フルーツや生クリームやアイスクリームは乗せない?」
「そうだね。でもこんなに美味しいなら帝国でも広めたいなぁ」
同い年の愛歌たちと話しているうちに、セリオスは最初に比べて喋り方の硬さがなくなっていた。
騎士たちが一緒にいたら、こうはいかなかったかもしれない。
(アイカたちと一緒にいると楽しいな。日本に来て良かった)
嬉しそうに笑いながら、セリオスはそんなことを思っていた。




