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【第2章完結】1円ポーションから始める弱者救済マーケティング ―黄金の滴と賢者の秤―  作者: かっぷ
第一章:メルルゥ・アンブローシア

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39/40

20:泣くなよフィオ。ここは笑うところだ

 魔法の本が硬い音を立てて床へと落ちる。

 テオの額からは一筋の鮮血。

 だが彼はそれに構うことなく相対するバルカスを睨み、フィオナを背に庇う。

 そこに立つのは気さくで人当たりの良い青年ではない。仇敵を討たんと怒りを滾らせる憤怒の権化だ。

「何でも言ってみろ。俺がキッチリ応えてやる」

「う、ぐァ……な、生意気な若造が……!」

 テオの怒気に気圧されながら、バルカスは落ちた魔法の本を手繰り寄せ、必死にページを繰り始める。

「あ、あぅ……例え商業特区とてダンジョンに存在するならば……管理運営権はコチラにある! そこで許可なく……」

「お前の言ってる規定は、あくまで冒険者ギルド内でのルール。商業特区認定は公的な法に基づいた認定、こちらが上位だ」

 言葉尻に怒りを滲ませながらも、淡々とテオが続ける。

「故に冒険者ギルドにその権利はなく、お前の御託は公然たる国家への反逆だ!」

 怒鳴るように言葉を叩き付けるテオ。

 だがバルカスが怯んだと見るやいなや、トーンを落として小声で囁く。

「それに……本当にイイのか、バルカス? この商業特区の管理運営権を主張しちまってよぉ?」

「ど……どういう意味だネ!?」

 震えるバルカスへとにじり寄ったテオが続ける。

「もしここをずっと冒険者ギルドが管理してたと言い張るなら、当然ながら管理義務が発生する。過去に遡って、このエリアの安全管理を怠った管理義務違反の賠償金が必要だぜ。そして自然発生的な商業地区ならともかく管理地を商業特区にするなら、特区認定費用と商業振興税、その全額負担が必要だ」

「……!?」

 これまでは冒険者ギルドが勝手に「自分たちが管理する」と言っていただけなので管理義務を果たせていなくても賠償は不要であったが、公的な認定の出た場所でそれを主張するなら話が別だ。

「ただでさえ赤字の冒険者ギルドが億単位の負担を負う……バルカス、お前の責任だ。費用面だけじゃねぇ、環境の維持管理、事故が起こった際の責任……何もかも全部だ!」

「あっ、あぅあぅァ……ち、違う……わ、私のせいでは……国に、ギルドに逆らうつもりなど、毛頭……!」

 この時、テオが行ったのは問題のすり替えだ。

 テオたちVS冒険者ギルド、という構図を、王国と冒険者ギルドVSバルカス個人という図にすり替えた。

 バルカスの権限は個人の能力故ではなく、冒険者ギルドという後ろ盾あっての物。それが失われてしまえば、残るのは増大した自己顕示欲と肥満体だけ。

「ここが欲しいならくれてやる。だが甘い汁だけ吸えると思うな。不味い物もキツい物も、何もかも全部背負いやがれ! これは俺からお前への――呪いだ」

「あぁぁぁっ! うあぁぁぁぁーーー……っ!!」

 呪い。

 その一言が、重く、静かにバルカスを押し潰す。

「まだ何かあるなら聞いてやるけど……もう、なさそうだな」

 全身から噴き出す脂汗と共に、バルカスが力なく地面にへたり込む。その手からは魔法の本が零れ落ち、ページをくしゃくしゃにしながら広がった。

「お前が持ってた、ギルドの規約が書かれたその本……この特区じゃ、単に重くてかさばるだけの紙屑だったみてぇだな」

 まんじりともしなくなったバルカスを捨て置き、テオはヘルヘルトに視線を送る。

 するとハッとした彼は前へと進み出て、粛々と宣言した。

「――これで……アペオス辺境洞窟群、第三坑。通称、小端洞における、冒険者ギルド連合東部管轄第二支部の設立に纏わる監査を終了します。皆様、お疲れ様でした……!」

 その声に、辺りを包んでいた張り詰めるような空気が解れ、霧散する。皆の緊張が緩み、安堵が広がって――。

「あ、えっと……つまり、冒険者ギルド小端洞支部の設立は……」

 目を泳がせ、オロオロと辺りを伺うフィオナ。そこへ二つの人影が駆け寄って――。

「決まってんだろ、大成功ってコトだ! やったな、フィオ!!」

「良かったですね、フィオナさん! これでもうミカン箱とはおさらばですよ!」

 テオに肩を叩かれ、メルルゥに手を取られ、ようやくフィオナは状況を理解する。

「や、やった? やったのね、本当に……本当に、やりきれたのね!? あ、あぁ……!」

 目元を抑え、フィオナがしゃがみ込む。すると彼女の周りへ何人もの人たちが集まり、人だかりとなって行った。

 それら人々はこの三ヶ月、ひたむきに頑張り抜いた彼女の姿を見守り続けた者たちだ。

「ははっ、泣くなよフィオ。ここは笑うところだぜ」

「な、泣いてなんか……ぐすっ……! でも……」

 思い返される日々。

 ここにやって来て、何も出来なくて。

 テオたちの助けを借り、やっと依頼が増え始めて。

 冒険者の顔見知りが増え、ポーターの顔見知りが増え、名前を覚えて挨拶を交わすようになって……それが、失いたくない日常となった。

「本当に、私ひとりじゃ……絶対に達成出来なかった。皆のお陰よ、ありがとう……」

 目元を拭い、頭を下げ、充血した目で周りを見渡す。

「あ、プレゾ……貴男の口利きがなかったら、こんなに上手くいかなかった。ポーターのみんなも、協力してくれてありがとう」

「最後までよく頑張ったな、フィオナ。だが勘違いするな? 俺が言ったからコイツらは協力したワケじゃない。お前さんだから手を貸したんだ」

「ん、そうね……じゃあ、少しは信用して貰えたって思うようにする。これからもよろしくね」

「ああ、こっちこそ」

 プレゾと、ポーターたちと、一人一人握手を交わす。

 自分がこんな風に出来るなんて……フィオナは本当に、そう思う。頑なだった三ヶ月前の自分に言ったとしても、絶対に信じたりしないだろう。

「フィオナさん、今回はお疲れ様でした。お見事な手腕……貴女は親善大使として、立派にお役目を果たされましたね」

 言って、細身の男がひょっこりと姿を現す――ヘルヘルトだ。

「ヘルヘルトさん! 私……貴男に謝らないと。初対面で、とても失礼なことを……ごめんなさい」

「いえいえ、気にしないでくださいフィオナさん。職業柄、塩対応には慣れっこです。むしろ、こちらこそ同室の者が申し訳ありません。組織を律するべき外務監査室が、あのような……! この責任は必ず取らせて頂きますので」

 ヘルヘルトが深々と頭を下げる。

 彼の方こそバルカスのとばっちりを受けて迷惑を被っているだろうに、根がお人好しなのだろう。

「しばらくはこちらへ滞在しますので、何か困り事があればお気軽にどうぞ。ギルド職員として、支部の交代要員としてもお使いください」

「ええ、ありがとう。頼らせて貰うわ……そういえば、バルカスは? 何時の間にか姿が見えないのだけど」

 キョロキョロと辺りを伺うが、魔法の本は床に落ちたまま。目立つ肥満体は何処にも見当たらない。

「あの人でしたら、さっきフラフラ帰って行きましたよ」

「あらメルルゥ……そうなの? 最後に何か、嫌味の一つでも言ってやれば良かったわ」

 本気か冗談か分からない風に言ったフィオナへ、メルルゥが笑顔で返す。

「必要ないと思います。なんだかボケっとしてて、話しかけても無反応でしたから。それに乗ってきた駕籠の人たち、先に帰っちゃって居ませんから帰りは徒歩で……十分に痛い目を見るんじゃないですかね」

「ふぅん……でも野垂れ死んだりされると、流石に目覚めが悪いわ」

 渋い表情のフィオナへ、メルルゥは小脇からメルポを何本か取り出して見せる。

「コレを多めに渡したので、そうそう死んだりはしませんよ」

「そうなのね……って、それ! 辛すぎて発売停止になったヤツじゃないの! そんなの……いや、まぁ……別に構わないか」

 冒険者ギルド本部へ無事に戻れたとして、これまでと同じようには過ごせまい。

 経緯を問われて誤魔化したとて、ヘルヘルトが全てを見ている。職も地位も失って、山中で野垂れ死んだ方がマシだったと思うかもしれない。

 そこから彼がどう生きるかまでを心配してやる義理など、微塵もありはしないのだから。

「しかし、これでフィオも晴れて支部長か。道具屋ギルドのゼノスとかと同じくらいの立場ってコトだろ? なんか凄ぇな」

「言われてみると、確かにそうね……職員を集めたりとか、お給料の管理とか、やることが増えそうだわ」

「何かこう、腕章とかタスキとかないんですかね? 一日支部長、みたいな」

「ははは、支部長には専用の制服がありますよ。一般職員とは色違いのオーダーメイドで、少し豪華なやつです。今度、支給を受けに行きましょう」

「オーダーメイドなら貧乳ボッチでも大丈夫で……あ、痛ったぁ! 蹴った! また蹴りましたよ、この人っ! 絶対、親善大使に向いてない! アルラウネの里に来たら追い返してや……あゥ! ひぐゥ!!」

「黙りなさい眼鏡タヌキ! アンタとの親善なんかこっちから願い下げよ!! このっ! この、食らえメガ乳女!! 死ね!!」

「あぁ、もう止めろって……こんな時までケンカすんな! メルは泣くくらいならケンカ売るな! フィオは本気で蹴るな! 取っ組み合いは勘弁してくれ……!」

 そして賑やかに、和やかに、小端洞冒険者ギルド支部の時は流れて行った。

「あの、ヘルヘルトさん」

「どうしました、メルルゥさん」

「認定費用とか振興税って、支払い義務があるの本部じゃなくて支部なのでは……」

「シッ!! 眼鏡とオッパイが大事なら、黙っておくことです……!」

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