18:簿記初級って、昔は簿記四級って言ってたんだよ
冒険者ギルド支部の設立条件、二つ目。
それは支部独自の収益確保。本部からの予算に頼らず、支部の収入のみで運営費を賄うこと。
「これが損益計算書よ。こっちが収入で、こっちが支出。これが月別で、ここにあるのが合算ね」
「ぐっ……むうぅ……!」
魔法の本に浮かび上がる数字をフィオナが指し示すと、バルカスが震えながら低く唸る。
彼にしてみれば、そもそも世間知らずの小娘が、まともに経理など出来る筈がないと思っていた。だがフィオナの出してきた台帳は、極めて簡単ながら貸借対照表の体を成しており、必要十分に思える。
そして、その台帳が示すのは確かな黒字運営。
僅かではあるが冒険者ギルド小端洞支部(仮)は黒字を出し、独自運営可能な経営状況になっているという事実だ。
「ば、バカな……!」
滲み出す脂汗……それもその筈、冒険者ギルドとは基本的に赤字運営なのだ。
主たる収益であるクエストの手数料だけでは運営費を賄いきれず、普段は国や地域の補助金を利用することで辛うじてトントンまで持って行く。そして稀に発生する利益の大きなクエスト――例えば「魔王の四天王討伐」だとか「魔物のスタンピード鎮圧」で立て直す。
なので支部設立条件についても、冒険者ギルド本部が敢えて美味しいクエストをそちらへ回すだとか、地域の有力者が一枚噛むなどして、半ば強引に黒字へ持って行くというのが慣習となっている。
なのに、それなのに……何の手助けもしていないフィオナの所が、黒字とはどういうワケなのか?
「も、もう一度だ! 本よ、最終月の各科目の詳細を洗い出し……いや、簡単に纏めて表示しろ!」
詳細など出されても、会計の専門家ではないバルカスにはチンプンカンプンでしかない。何せ彼は外務監査官……美味い汁を吸うことに長ける男なのだから。
そして魔法の本が出力したのが、この表だ。
【収入】
依頼仲介の手数料:50,000円
ギルドテナント料:90,000円
フードコート歩合:90,000円
簡易宿泊所宿泊料:150,000円
合計:380,000円
【支出】
人件費:150,000円
人件費(テオ&メルルゥ):100,000円
施設維持、消耗品費:50,000円
ダンジョン利用料:50,000円
合計:350,000円
【最終収支】
営業利益:30,000円(黒字)
「支出にはダンジョンの利用料も含めておいたわ。求められてはいないけれど、好きでしょう、そういうの?」
「……ッ!!」
フィオナの一言でバルカスの脂ぎった額に血管が浮かび上がる。
ダンジョンの利用に料金など必要ない。しかし支部の立ち上げ時の口利き料を、ダンジョン利用料として監査官が求める例がある……らしい。
「不要なら支出から外すわ。そうしたら、もう少し利益が出そうね」
「うギイィィ……!!」
バルカスの震えが大きくなり、喉奥から堪えきれない叫びが金切り音のように漏れ出した。
「う、嘘だ……ウソに決まっているネ! ルーキー相手の依頼手数料など、一件数十円の端金! この僻地では人件費すら賄えないハズ……! テナント料にしてもそうだ! ダンジョンなどという危険地帯に、高い金を払ってまで店を出すなど……正気の沙汰ではない!」
「あら、そう? じゃあ……テオ、少し説明して差し上げて」
指名を受けたテオは恭しく一礼すると、台帳を片手に進み出る。
「姫のご指名とあらば……!」
「茶化さないで、全くもう……」
そのように軽口を叩いた後、バルカスの方へと向き直った。
「そうだな、まず依頼手数料については……塵も積もれば山となるってヤツだ。確かに一件の手数料は極小。しかし初心冒険者の間で流行している所謂『メルポ回し』は、既に冒険者のルーティンワークになっている」
チラリと横合いへと視線をやれば、遠巻きに見守る冒険者たちがウンウンと頷いているのが見えた。
「三ヶ月で6000件……この回転率こそが、既存のギルドが見落としていた――薄利多売のプラットフォーム戦略……!」
そしてテオは台帳をバルカスの前へ叩き付けるように置き、言葉を続ける。
「あとはテナント料だな? かつての小端洞は、単なる危険地帯だった。しかし今は違う」
テオが示す方向――ダンジョンの内部には、店が並び、フードコートが整備されている。
「安全が確保され、ポーターによる物流が整ったここは、商人たちが喉から手が出るほど欲しがる新たな商業区画だ! これからもどんどん出店する店舗は増えるだろうぜ」
そこまで言うとテオはそっとバルカスに近づき、耳元で囁く。
「ギルド支部設立条件の三つ目、地域の安全確保だったか? この方策を思い付いたのはアレのお陰だ……ありがとよ」
「ーーー……ッ!!」
年若い青年の、痛烈な皮肉。
支部設立をコントロール出来るようにと定めたルールは、フィオナたち躍進の一助となっていた。
「と、こんなモンで良いかい、お姫様?」
「それ止めなさい……ったく! ともかく、彼の説明にご満足頂けたかしら?」
テオと入れ替わるように前に出たフィオナ。その時、彼女は気付く。脂汗を流すバルカスの顔に、気味の悪い笑みが浮かんでいることに。
「まぁ、イイだろう……だが一つ、異を唱えさせて貰おうかネ」
バルカスはゆっくりと顔を上げ、魔法の本に浮かんでいた項目の一箇所を指し示す。
それは「フードコート歩合:90,000円」の項目だった。
「こちらのフードコート……営業許可は取れているのかネ?」
その指摘に誰もがギクリと表情を強張らせる。それを敏感に察し、バルカスは更に笑みを深めた。
「もし営業許可が取れていないなら、これは違法営業。収益に含めることは出来ない……責任者は、そこに居る眼鏡のお嬢さんかナ?」
「ひぅっ!」
粘着質な視線を受けたメルルゥがビクッと身を竦め、テオの背後へ隠れた。
「ククッ、おぼこい反応だネ……監査のし甲斐がありそうだ。さて……ヘルヘルト君、キミの出番だよ」
その声を受け、フードコートの椅子に腰掛けていた痩身の男がユラリと立ち上がる。
「ではヘルヘルト君、公正な衛生調査員として……キミの見解を伺うとしよう」
ヘルヘルトは一つ頷くと携えていたバインダーを構え、挟まれた書類の傾きを整えた後、それほど大きくはないが良く通る声で監査の内容を読み上げる。
「まず、公衆衛生上の脅威となり得る重欠点が一箇所、軽欠点が七箇所。続けて、公衆衛生上は問題ないものの、書類上の不備が八箇所。改善の余地がある点が五箇所――」
「ク、ククッ……!」
その声に、バルカスの口から堪えきれない笑い声が零れる。
結果を聞くまでもない、フードコートの監査はズタボロだ。
通常、重欠点と呼ばれる重要な不備が見つかった場合、営業は認められない。安全ではないのだから当然だ。それに加え軽微な不備が多数……言い逃れの余地もない。
どうやら、あのテオとかいう若造はそれなりのヤリ手であるらしいが、眼鏡の娘はポンコツらしい。フィオナの方を見れば、彼女も殺意の籠もった目で睨んでいる……間違いはなさそうだ。
眼鏡娘のお陰で助かった、後でタップリと可愛がってやるとしよう。
「どうやら、フードコートの営業は許可出来そうにないネ。なのでテナント料は認められない――仮にダンジョン使用料とやらを加算しても、マイナス10000円……赤字だ」
下卑た笑みと共に、ベロリと舌で唇を湿らせるバルカス。粘着質な唾液が糸を引く。
「残念だったね、フィオナ……あと一歩及ばず、といった所か。まぁお国の方には、形振り構わず頑張ったが、ハーフエルフには無理があったとでも伝えておこうかネ」
「……!」
フィオナの目が細く閉じられ、そこに刃のような光が宿る。
その刃を、彼女が抜こうとした時――。
「あー……少々お待ちを。まだ私の報告が終わっておりません」
ヘルヘルトが割って入ったのだ。




