1:爆安! 1円ポーション!!
――プロローグ――
「くそっ! 苦ぇ!!」
若い男が、口に含んだポーションを吐き出して悲鳴じみた声を上げる。
彼の肩口には深い傷――魔物に引き裂かれた革鎧は真新しく、初心冒険者と思われた。
「何してんのよアンタ! 今のが最後のポーションでしょ!?」
「い、いや……だって……あんな不味いモン飲めるかよ!」
仲間に咎められるが、無理もない。ポーションは薬、苦くて不味いのが当たり前だ。
しかしジクジクと疼く傷口。流れ出す血と泥のニオイが鼻につき、口に残る嫌な苦味がそれを助長する。
「仕方ないわね、新しいのもう一本買う?」
「いや、金が足りねぇ。前回から値上がりしたんだ」
二人が視線を向ける先には、ポーションを売る露店。付いている値札には相場の3倍となる価格が書かれていた。
「ちょっと、高過ぎるでしょ!? ぼったくりだわ!!」
声を荒げる冒険者だが、露店の店員は表情ひとつ変えない。
「規定の価格内です。輸送コストや安全性を加味した価格ですので、ご了承の程」
町中の道具屋で売られるアイテムに比べ、危険なダンジョン間近で店を出す露店の商品価格は高くなる。
それは店員の言う通り各種のコストが乗った価格設定であり、商売の原則に則ったモノではあるのだが……切羽詰まった冒険者たちにしてみれば、足下を見られていると感じるだろう。
「お買い上げにならないなら、お引き取りを」
「くっ……!」
口惜しげに歯噛みする冒険者。隣では傷口を押さえた仲間が苦しげな吐息を吐いている……さっきよりも辛そうだ。
ここは装備を売り払ってでもポーションを買うべきか? それとも……逡巡の後、決断をしようとした――その時だった。
「そこのお客さん。不味いポーションを無理して買うことはない。その代わりに、こっちを試してみませんか?」
声を掛けてきたのは、二十歳そこそこの青年だった。
手にしているのは黄緑色に輝く液体の封入された瓶――ポーションだ。
見れば道を挟んで反対側に、小さな露店が出ている。彼も商売人であるらしい。
「えっ!? いや、でも……」
「あ……ありがてぇ」
不意の申し出に戸惑う冒険者であったが、傷を負った男は判断を待たずポーションを受け取った。傷の痛みに我慢が出来なかったのだ。
彼は封を切ると、苦味を覚悟して一気に飲み干す。すると傷口は淡い輝きに包まれ、見る見るうちに塞がって行く。
そして――。
「……うまい?」
驚きに目を見開く男。
そのポーションは、驚くほどに美味かった。
口いっぱいに広がる爽やかな甘みと、鼻を抜ける花のような香気。後味は軽やかで舌触りもまろやか。さっきまで口に残っていた泥のような苦味も嘘のように消え去った。
思わずもう少し飲みたくなって、男はもう一度、瓶を傾けた程だ。
「サンキュー、助かったぜ。めちゃくちゃ美味いな、このポーション!」
傷の癒えた男に笑顔が戻り、ポーションを持ち込んだ青年も笑みを返す。
だが仲間の冒険者は不安気だ。
「あ、あの……でも、その……このポーションの代金って……私たち、持ち合わせが……」
初心冒険者の懐事情は極めて厳しい。
思わず飲んだ美味しいポーション。その値段次第では彼らの冒険はここで終わりを迎える。
「1本、1円ですよ」
「安っ!?」
二度目の衝撃。
見れば確かに、青年の出す露店には「お一人様3本限定、1円ポーション販売中」の看板が掲げられていた。
「い、1円って……本気なの? そりゃ、ありがたいけど……」
思わず駆け寄り、ポーションの入った瓶を手に取った冒険者は、鑑定でもするかのように左右へ揺らす。
封入された黄緑色の液体は滑らかに揺れ動き、澄んだ輝きを見せた。
「不純物はない、混ぜ物でもなさそう……本当に1円で構わないの?」
「ええ、勿論! 冒険者様支援価格ってコトでやってますので」
ニッコリと笑顔を見せる青年――中肉中背、ブラウンの短い髪に、深いブルーの瞳。何の特徴もない、何処にでもいる普通の青年に見えた。
「それなら買うわ! 上限いっぱいまで売って欲しい!」
「じゃあ俺も、まだ2本は買っていいんだよな!?」
「お買い上げ、ありがとうございます」
料金と引き換えに、冒険者たちへポーションを手渡す青年――だがそれに、先の露店にいた店員が待ったをかける。
「認可は!? そのポーション、道具屋ギルドの認可は受けているのか!」
詰問するかのように詰め寄る店員。
「誰だ、このポーションを作ったのは! 正規ライセンシーでなければ取り扱い出来ない筈だぞ!」
その問いに青年は応えず、チラリと奥の荷箱へ視線を送る。すると木箱の陰で、何かがコソリと動いた。
「ふむ、まぁ……いいか」
僅かに考える素振りを見せた青年だったが、それも僅かな暇。すぐに店員へと向き直り、堂々とした態度で返す。
「俺が売って、客が買う。アンタは売らなかったんだ……商品が売れない理由を俺のせいにしないでくれ」
「……っ!」
店員の表情が口惜しげに歪み、青年の表情には余裕の笑みが浮かぶ。
「貴様の顔、覚えたぞ……!」
露店を畳み、脱兎の如く立ち去る店員。
「ちょっとやり過ぎたか? まあ、連中には良い薬だろ」
そう呟いて、彼は――テオ・ヴァン・クロムは、満足げに鼻を鳴らすのだ。




