6. 石の都テシトゥーラス
タリス達は研究棟までの道程で、皇都における実質的軍隊であり、通常「探検隊」と呼ばれる一群に出会った。
三人が彼等の前を通り掛かった時、部下の一人が、何か失態を犯したらしく怒鳴りつけられていた。
「貴様、わしを愚弄するか!」
「すいません! スロヴォエロス隊長」
怒鳴られた部下がそう言うと隊長はさらに怒って、
「わしをその名で呼ぶなと言っただろうが! 隊長と呼べ、隊長と」と言う。
それから彼はその部下にうさぎ跳び五千回を命じた。
スロヴォエロスは、この者がうさぎ跳びを五千回もこなせるとは思っていない。しかも途中何度も鞭で叩き、万が一にもその回数を終えてしまわぬようにするのだ。部下の方もそのことを分かってはいたが、上官の命には逆らえないためおとなしく従うしかなかった。
それから部下がうさぎ跳びを始めるまでをタリス達は通りすがりに目撃した。この事は彼等を不快な気分にさせた。
その気持ちは、研究棟に着くまでに陰鬱なものとなっていった。そうしてそれは、彼等に研究棟の戸を叩くのを躊躇わせた。
それでも扉を開けないわけにはいかなかった。聖剣は今、この場所に在るのだ。
タリスは思い切って戸を叩いた。
すると、彼にとっては意外なことに、「どうぞ」という明るい返答があったので、三人も少し明るい気分になった。
中に入ると、そこには男女合わせて五人おり、その中の一人が用件を尋ねてきた。
聖剣を探していると伝えると彼女は、一番奥の席に座っている男性を呼んだ。
呼ばれた男は、まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったらしく、少し驚いた表情をしてこちらへ来た。
応対した女性が聖剣の事を伝えると平常の顔に戻り、タリスに長老から手紙を預かっていないかどうか聞いた。タリスは、王に見せるようにと言われていた手紙を差し出した。
男はその手紙を読み終えると三人に、
「とにかく、聖剣の事もあるので、国王に会いに行きましょう」という趣旨の事を言った。
やはり先に王に会えば良かったのだと知って、タリスはなんだか恥ずかしい様な気がした。
外に出た時には、あの陰鬱な気持ちはすっかり無くなっていた。三人は男の後に従って進んだ。
「えっと、お名前は何て言うんですか?」リディアが尋ねた。
「私の名前ですか? パウエルと言います。あと、そんなに堅くならなくて良いですよ」
男はそう答え、それに続けて、
「そう言えば、あなた達は先程、ドアの前で長い間うろうろしていましたね。私の研究室はそんなに入り辛かったですか?」と、自嘲気味に言った。
それに答えてタリスは、ここに来る前に出会った「探検隊」とスロヴォエロスの事を話した。
するとパウエルは、
「そうでしたか。それは確かに気が重くなりますね。ですが、それはこの国の大きな問題でもありますからね。彼だけが悪いわけではないのですよ」と答えた。
「もんだい?」とフェー。
「つまり、あのような事はするべきでは無いという考え方が、まだ定着しきっていないんです」
目的地に着くと四人はすぐ中へと入った。すると、入り口を警備していた人物がパウエルに話し掛けた。彼等が話す内容を聞くに、パウエルは研究者として一目置かれているらしい。
話が終わると、四人は、竜をモチーフにした美しい彫刻で飾られた通路を、真っ直ぐに歩いて行った。周囲の彫刻を見てリディアが、
「世界中で竜神は祀られているのね」と言った。
「ええ。ですが、ランス村から離れれば離れるほど、その信仰も弱まっているようですよ」と、パウエル
「そうなんですか? じゃあ、遠くの国では魔界の事も知られていないのかな」
「いえ、知られていないのではなく、あまり信じられていないのです。それだけ竜や魔界に関する記録が少ないのですよ」
「記録が少ないんですか? でもそんな話は聞かなかったわ」
「そもそも三百年より以前に書かれた記録といったものが存在しないんです」
「どういうこと?」
リディアが首を傾げた。
「過去についての知識は、約三百年前から現在の間に書かれたものから得ているのです。それ以前のものは失われたか、或いはそもそも書かれていなかったのかどちらかでしょう。魔界については特に、我々の生活感覚とはかけ離れているため信じ難いのでしょう」
「でも、オロチが来て、それまでの文明や記録が無くなってしまったんじゃないかしら」
「そうかもしれませんが」
この時、それまで黙っていたフェーが、
「あ! あれが王様?」と叫んだ。それを聞いて、
「フェー、あれなんて言っちゃだめよ」
そうリディアが言ったが、妖精はもう聞いておらず、王の下へと飛んで行ってしまった。
「フェー、待ちなさい」
パウエルはそう言い、フェーを追いかけて走って行った。
三人が着いた時、フェーは国王に何やら話し掛けていた。 それを見てタリスは謝ったが、王はにこにこしている。
「大丈夫だよ、この妖精はまだ子供じゃないか」
彼は見たところ優しいおじさんと云った風である。
三人は王の優しげな様子を見て安心し、そこですぐ本題に入ることにした。まず、パウエルがここまでの経緯を説明して、タリスが長老から預かっている手紙を渡した。
「ふーむ、やはり知らせの通りだったか」と、王が呟く。
それを聞いてパウエルが、「ご存知でしたか」と言った。
「ああ、先程ランス村からの使いが来たのだ。それでちょうど今まで、そこにいるエリックと話し合っていたんだよ。君等がここに来た時に何をすれば良いのかをな」
「と、云うと?」とパウエル。
「それはだな、船をやろうということだ。それも、大型の蒸気で動くタイプのをだ。風の神殿に行くなら必要だと思ってな。それに、船の上で寝泊まりが出来た方が、今後何かと便利だろうし、封印を施すなら早いほうが良いだろう?」
王は言い、その後で、テントなど旅に必要な物も渡すと約束した。そして、さらに付け加える。
「そうだ、あと、黒マントの男を捕らえるための軍を派遣しようと思っているのだよ。それと、今夜はここに泊まるだろうから宿も取ってある。 それから聖剣は、研究棟で管理しているパウエルに預けてある。明日、彼に持たせよう」
パウエルが苦笑した。タリスにはそれが何故だか照れているように見えた。
王は黙り込んでしまった。どうやら他に何かできる事はないかと考えているらしい。
暫く思案していたが、結局何も思い浮かばなかったようで、タリス達にもう帰るようにと言った。
四人はその指示に従い外に出た。それから彼等は、国王が言っていた宿へと向かうことにした。
宿に着くと、タリスはパウエルに別れを告げた。
しかしパウエルは首を横に振る。
「明日から私も共に行かせてくれませんか?」
「かまいませんけど、どうして?」そうタリスが訊く。
「あなた達と旅をすれば、もっと多くの物が見られるかと思いまして。それに、竜に関しての伝説は、どこまでが真実なのかも分かっていません。何せ記録されたのが遅かったのですから。そういう、今ここで暮らしているだけでは知ることのできない何か、それを私は知りたいのです」と答えた。
このようにして、旅の仲間にパウエルが加わった。彼はこの晩、自分の家には帰らず研究室に泊まることにした。残った仕事や引継ぎを済ませるためだ。
そのため、四人は翌日の朝、国王が用意してくれた船の前に集まることにして別れた。聖剣は、この時パウエルが持って来ることになっている。




