4. 解かれた封印
タリスとフェーとの出会いから数ヶ月が過ぎ、ランス村を砂埃まみれにしていたあの太陽も、以前ほどの輝きを失っていた。
そんな時、一人の青年が、ひどく慌てた様子で長老の下を訪れた。
「長老、風の神殿が襲撃されました!」
入口の戸を開けるなり青年は叫んだ。ジャコモは、
「何だと。いや、まあ落ち着いて。とりあえずそこに座りなさい」
と言って、安楽椅子に青年を座らせた。
「して、封印はどうなったのかね。それと、侵入者の特徴は?」
「はい。封印はですね、解かれてしまいました。侵入者は、黒いマントを羽織った男と赤い少女の二人組です」
「赤い少女?」
「少女の方は赤い服を着ていました」
そう青年が答えると、長老は少し考えてから言う。
「封印が解かれるとはな。それにしても、それほどの人数ではないとはいえ、警備の者がいたのだろう? それをたった二人でとは、よほどの手練れらしいな」
「いえ、そういうわけではなく、その、男の方が我々に向かって手をかざしたかと思うと、皆眠り込んでしまったんです」
「それは本当の事なのだな。……分かった。じゃあ、ほかに報告がなければ帰ってくれ。これから忙しくなるからな」
ジャコモにしては珍しく、相手を急かす様な言い方だった。しかし、青年は緊張のためかそれには気が付かなかった。彼は報告が済んで安心したのか、ゆっくりと挨拶をして出て行った。
青年が帰ってしまうと、長老はいつもの癖でこれから何をするべきか声に出して確認した。
「さて、どうするかな。それにしても、わざわざ封印を解く者がいるとは。そうすると何か良いことでもあるのか? いや、まさか。それより、えーと、まずはタリスとリディアにこの事を伝えて、それから……」
一通り呟き終えると、二階にいるリディアに向かって、
「タリスを呼んできてくれ」そう叫んだ。
リディアがタリスを連れて戻ると、長老は二人に待っているようにと言ってお茶を注ぎに行った。
彼はこれから二人に話すべきことを考えながら、意識していつもよりゆっくりと茶を入れた。
そうして二人と自分のための飲み物を用意し、席に着いた時には気持ちも落ち着いてきた。しかしリディアの方は、長老のいつもとは違った様子を見て不安ばかりが募っていった。
「ねえ、話っていったい何なの?」
ジャコモが注いだお茶を一口飲んでリディアが言った。
「ああ、それはな……」
そう言ってから長老は、先程青年から聞いた内容をそのまま伝えた。
「封印が? しかも自然にじゃなくて人の手で解かれたんですか?」
それを聞いてタリスが言った。彼は非常に驚き、焦っていた。
「そうだよ、だがそんなに慌てるな。急いでもあまり良い結果は招かないからな。それに、封印はまだ三つも残されているのだ」
「ですが、とりあえず聖剣を取りに行きましょう。今すぐ!」
タリスは使命感に燃えて言った。こんな時のために今まで努力してきたのだ。
「うむ、もちろんそうするつもりだ。だが、出発するにはいろいろと準備が必要だからな。風の神殿に行くには船やら何やらと。だから、とにかく落ち着くんだタリス」
長老がそう言うと、タリスもようやく今の状況を冷静に捉え始めた。話が落ち着いたのを見て、リディアが言い出しにくそうに、だがはっきりと口を出した。
「でも、封印の解き方を知ってる人がいるんだったら、タリスが封印をしてもまた解かれちゃうんじゃないかしら」
「犯人探しは別の者に任せる。君たちはまず封印をかけ直してくれ」
タリスは元よりそのつもりだった。リディアも頷く。
「では、今日中に剣を取りに行かないとな。タリス、今すぐで大丈夫か?」
タリスは平気だと答えた。ジャコモが立ち上がる。
聖剣の安置されている洞窟へは、十年前に一度行ったきりであったが、タリスは長老に指示される前にすいすいと進み、見る間に辿り着いた。
中に入ってすぐの所にある、壁に見える扉の前でジャコモが、
「よし。タリス、扉を開けるぞ」と言った。
そして巧妙に隠されたボタンを押すと、以前と同じく先に道が現れた。
二人は苔だらけの道を前に進み、難なく聖剣を安置するための祭壇の前まで来た。
しかし、そこに聖剣はなかった。「どうして……」とタリスが呟いた。聖剣を抜けるのは各時代に一人だと、そう決まっているはずだ。
ジャコモは祭壇に異常がないかを確認した。一通り確かめると彼は、
「一体どうしたんだ? 何も変わった所は無いぞ。どうやって剣を台から降ろしたんだ」
と呟き、それからタリスに向かって、
「タリス、あれから一度でもここへ来たか?」
と聞いた。タリスはもちろんあれ以来来たことは無かった。そう彼は答え、なんとなく祭壇に手を置いた。その時、タリスの脳裏に様々な光景が閃いた。
白い石造りの家々と、同じく荘厳な建物。
その近くの海岸に転がる聖剣。
そして、聖剣を海に投げ捨てる者の腕と話し声。
「どうして捨てるんだい? わざわざ取って来たってのに」
「これが近くにあるとな、竜の騎士の想い次第で、封印を解く端から新たな封印を施してしまう。だから邪魔にならない所に捨てるんだ」
それらが一瞬のうちにタリスの意識を駆け巡った。
彼は突然の事に驚いて周囲を見回した。
それを見たジャコモは、「どうした?」と聞いた。
タリスは、自分が何を見たかを話した。
すると、長老は少し考えてから、
「たぶん、白い建物のある場所は皇都テシトゥーラスだろう」と言った。
「じゃあ、そこに聖剣が?」
「いや、まだそこにあると決まったわけではない、。だが、あるとしたらそこだろうな」
先の光景をタリスに見せたものが聖剣であるとしたら、そこに自らが在る、ということを伝えたのではないかとジャコモは続けた。
「こうなってしまっては少し急いだほうが良いかもな。……まあ、テシトゥーラスの国王とは知り合いだし、会えば何とかしてくれるだろう。よし、タリス。帰ったらさっそく準備をするんだ。船は明日までに私が用意しておく。出発は明日の朝だ」




