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2. 竜の騎士 タリスの思い出

 リディアが漁師に拾われてから六年経ったある日、タリスは七歳の誕生日を迎えた。

 

 彼は、ランス村に古くから伝わる掟に従うため、父と共に長老の下へと向かっている。


「タリス、お前はこれから何をするか分かっているのか?」


 そう父が言った。

 何度もされた質問のため、タリスは適当に返事をした。すると、父親は溜め息をつき、昨日から繰り返し言ってきたために、すでに半ば諳んじてしまった文句をそのまま用いてタリスに説明した。


「いいか、タリス。今からお前は長老と一緒に、聖剣を供えてある祭壇の前まで行くんだ。そしてそこにある聖剣を持ち上げるんだよ。分かるか? これはお前の運命を左右することなんだぞ」


 タリスには、たったそれだけの事で、どうして自分の運命が左右されるのか分からなかった。

 しかし、それを聞いた所で納得のいくような回答はなく、また同じ文句が繰り返されるだけだと知っていたので黙っていた。


 父は、タリスが何も質問しなくなったのを見て満足したのか、うんうんと頷いていた。


 そうして、ジャコモの自宅に着いた。

 

 父は長老の家の戸を乱暴にノックした。するとすぐにジャコモが出て来たが、彼はうんざりした風であった。


「そんなに叩かなくても聞こえるぞ、ファルガ。……まあ良い。ところで何をしに来たのかね」


「忘れたのですか? 今日はタリスにとって大事な日じゃあないですか。この子は今日でちょうど七歳なのですよ。

 七歳といえば、竜の騎士かどうかが分かる日じゃないですか。今竜の騎士は一人だっていないんでしょう。

 だったら、今日タリスが騎士だと分かれば一人いる事になる。そういう日なんですよ、今日は」


ファルガはひどく驚いた様子でそう答えた。ジャコモは彼を宥めようとするかのように、穏やかな口調で言う、


「ああ、そうだったな。だがまあそんなに気負うこともない。竜の騎士が誰もいないと言ったって、どうせ聖剣に選ばれるのは一人だけなんだから、そう珍しいことでもない。

 何よりも、今この世界は平和で、神殿の封印が解けるなどといったことはまず考えられないからな」


「でも、いつ誰が封印を解こうとするかなんて分からないじゃないですか。それに、何百年も前にされた封印が自然に解けてしまうってことだってあるかもしれない」


 タリスには二人が何の話をしているのか分からなかった。 竜の騎士や、封印といった単語が断片的に聞こえるだけで、その意味するところは理解できない。


「あの、竜の騎士って何のことですか?」


 話を遮るのを恐れて、タリス呟くように言った。


「ファルガ、言ってなかったのか?」


 と、長老。それに答えて、


「いえ、昨日の晩から何度も繰り返し伝えました」


 そうファルガが言った。

 しかし、タリスが効いていたのは、聖剣を抜くことが自分の運命に関わるという、これまたよく分からないことだった。


 ジャコモは一つ息を吐き、家の戸をくぐった。


「まあ、どちらにせよ最初から説明する決まりだしな。二人とも中に入りなさい、竜の騎士とは何なのかを教えるから」



 ジャコモの後に従って中へと入った二人は、応接間に案内された。


「さて、私はお茶を入れて来るから、そこの椅子にでも座ってくつろいでくれ」


 そう言って彼が二階へ行ってしまうと、ファルガは何故だか軽くお辞儀をしてから勧められた椅子に座った。

 そうして二人は長老が戻ってくるのを待ったが、なかなか彼は姿を現さなかった。


「長老は我々の事を忘れてしまったのだろうか」と、ファルガが呟いた。


 それを聞いて、タリスはまさかとは思ったものの、少しだけ不安になった。


 その様子を見てファルガは、

「いや、まあそんな事はないだろうが」と付け加えた。

 

 それからまた時間が経ち、ようやく長老が戻った。

 

 ファルガは安心したのだろう。

「いやあ、このまま帰って来ないのかと思いましたよ」と言って相好を崩したが、それに対して長老が、


「ああ、すまなかった。ちょっとリディアの様子を見て来たのだ」


 そう謝ると、「いえ、別に責めたわけじゃないんで、まあ、いえ」と付け足した。


「ところで、リディアとは、以前長老が引き取ったというお子さんの事で?」


「うむ、そうだよ。あの時はお前の家にも行ったな。『この子の事を何か知りませんか?』なんて」


 ジャコモはファルガの質問に答えると本題に入った。


「さて、竜の騎士の事だったか。まずは……そうだ、ランス村に伝わる伝説から始めようか。


 ほんの三百年程前の出来事なんだが……ある時この村にあった扉が開いた。そしてそれはどこか別の世界へと繋がっていたのだ。


 扉からは夜の闇の様なものが溢れ出て来て、その黒き流れは瞬く間に世界を覆い尽くしたそうだ。そうして、闇が世界を満たす頃、扉から一匹の巨大な竜が現れた。


 その姿は非常に大きな蛇の様であったから、人はそれをオロチと呼んだ。溢れ出た闇は人の精神を狂わし、オロチは目に付くものを喰らっていった。

 それで、人々はその別の世界の事を魔界と呼んだそうだ。


 『魔』が生まれ出づる国、ということらしい。……しかし私には分からないのだが、何故『魔』なのだろうか、生まれ出づるのは『闇』ではないのか?」


 ジャコモは咳払いをした。それからタリスに茶を勧める。

タリスは一口飲んだ。薄い茶だと思った。家ではいつも茶葉を入れっぱなしにしている。


 ジャコモ続ける。


「いずれにせよ、魔界は危険なところだった。そしてその魔界へ通じる扉を閉じたのが竜の騎士なんだ。

 竜の騎士、それは造物主たる神の声を聴く者。聖剣の力を行使する者。その彼が、神〈ドミネ〉の指示により剣とペンダントの力を使って魔界を封じた」


 ジャコモが竜の騎士と言った。聞き覚えのある言葉が出てきたので、タリスは前のめりになった。


「記録によれば、封印は聖剣とペンダントによって行われるらしい。聖剣が封印の鋳型として働き、ペンダントがそれを施すためにエネルギーを供給する。

 言い換えれば、聖剣がペンダントに蓄えられている力を取り出して、その力を使って封印をするんだ」


 さて、いよいよ竜の騎士の話だと、長老は前置きした。


「竜の騎士はな、聖剣の力を使うことができるただ一人の人間なんだよ。各時代に一人、聖剣のあるこの村で竜の騎士が生まれる。


 そして、もし封印が解かれたとき、再び封印を施すことが竜の騎士の役目だ。

 しかし封印は解けたことはない上に、解く方法も未知なのだから、今のところは特に何かをするというものではなく、ただいるということが役目だと言ってもいい。


 封印は神殿に施されている。それは、地、火、水、風、と四つあって、それぞれに封印がなされているんだ。

 そしてその封印がすべて解けたら魔界への扉が復活するとされている。


 これで終わりかな? ……まあそんなとこだ」 


 ようやくジャコモの長い話が終わった。

 タリスはその内容をほとんど理解することが出来なかったが、それでも、説明されたというだけで満足した。


 しかし、まだ足りないぞとばかりにファルガが質問する。


「しかし長老、オロチはどうなったんです? だって、扉は閉じたって言っても出てきたものはどうしようもないじゃないですか」


「ああ、それを言うのを忘れていた。オロチはこの世界の竜、つまりさっき言ったドミネのことだが、それが追い返したのだよ。で、その後で竜の騎士が魔界を封じたんだ」


「オロチも、ドミネも竜なの?」

 

 タリスが訊く。竜の騎士とはドミネの騎士ということなのか。


「うむ。まあこれも伝説だが、竜は世界を創造した。そして世界の数だけ存在する。我々の住むこの世界も、オロチのいる魔界も、数ある宇宙の一つだということだ」


「ふーん?」


「まあだんだん分かってくるだろう。とりあえずは、竜の騎士以外台座から聖剣を降ろすことが出来ない、ということが分かれば良いんだ。

 まあ、言い換えれば、台座から剣を降ろせる者が竜の騎士だ、ということになるな」


 長老は立ち上がり、「そろそろ行くか」と言った。


 それから、自分はタリスと共に洞窟へ行くから、その間リディアを見ていてくれとファルガに頼んだ。


 ファルガは、「分かりました」と呟くように答えた。


 そうして、タリスと長老は、聖剣が安置されている洞窟へと向かうことになった。

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