22. 夢の始まり
タリスとリディアは、薄暗い闇の中を歩いている。
「本当に、オロチを倒せるのかな……」
そうタリスが呟いた。
リディアは小さく頷く。
「たぶん、ね。あの光を聖剣が放ったのだとしたら、きっと……」
あの時、ウィッテを切り裂いたオロチは、頭上からの光に苦しみだした。剣が輝き、光が……。そのことが、聖剣の力を示していた。あらゆる願いを叶える剣。
「そうだね。きっと、倒せるはずだ」
タリスは明るく言った。
もしオロチを倒せたとしたら、扉は閉じるだろう。扉が閉じたら帰れなくなるかもしれない。そう考えると恐ろしい。 けれど今は、その時は、剣が僕たちをランス村に帰してくれるはずだと、信じる気持ちの方が強かった。
オロチの住む丘まで来た。他よりも、少し小高くなっただけの場所。それでも、この世界では最も高い山だった。
そこでオロチは眠っていた。だが、二人が近づくと目を開き、そして言った。
「来たか……」
それから唸り声を上げる。
低く、沈んでいくような音、地響き。
「オロチ、僕等はお前を倒しに来た!」
剣を構え、タリスが叫んだ。
自分に言い聞かせるように。
「お前、とは……。ドミネに庇護された程度でそこまで傲慢になるのか。だが、貴様は弱い。向こうの世界で我を攻撃したあの光は、貴様の力ではない。あれはドミネの光なのだ。それを、思い上がるな人間!」
オロチが冷静さを欠き叫んだ。
「タリス!」そうリディアが言った。
しかし、彼はそれを聞いていなかった。あの光? あれは聖剣が放ったものじゃないのか? もしかすると、剣はただ運んだだけかもしれない。
「タリス、剣を構えて!」そうリディアが言った。
彼は、いつの間にか腕を降ろしていた。そうだ、僕は、倒さなくてはならない。
「仮に我を殺したとして、その後はどうするつもりだ」
「あなたを倒して、元の世界に帰るのよ」
リディアが答えた。
だが、オロチが聞いたのはその事では無かった。神が死んだ後、世界はどうなるのか。或いは、ドミネ流に言うなら、親が死んだら子はどうなるのか。
「この世界はあまりに未熟だわ。それはあなたの所為よ、オロチ」リディアが呟く。
それを聞いて、オロチが哮った。タリスは剣を握る手に力を入れた。チクチャンの姿がなぜだか彼の心に浮かんだ。
竜がその長い尾を振って襲い掛かってくる。タリスは吹き飛ばされた。触れてもいないのに、強い衝撃を感じた。
だが、タリスはすぐに起き上がった。起き上がって、また飛ばされる。風圧で、或いは打撃で。それでも、彼は立ち上がった。
何度も体を、頭を打ち付けた。腕が震え、思考も定まらなくなる。恐怖が首をもたげる。リディアが、今にも泣き出しそうな顔をした。タリスに駆け寄る。だが、すぐにオロチが二人を引き離した。繰り返される痛みに、戦いを、諦めそうになる。
その時ペンダントが砕け、そして剣が光った。
光り輝く聖剣は、タリスの傷を癒していった。
オロチが怯む。それほどまでに、光は圧倒的な力を帯びていた。
タリスはオロチに向かって走った。迫りくる尾を避け、真っ直ぐに。彼はただ剣の指示に従っていれば良かった。力が溢れ、風も味方する。自分を吹き飛ばしていた風は、今オロチを苦しめていた。
タリスの周囲に集った風が、竜の攻撃から彼を守っていた。そして、オロチの目の前まで来たタリスは跳んだ。
竜の頭に聖剣を突き刺す。オロチはもがき、それを引き抜こうとする。だが、もはやどうしようもなかった。オロチは空へ向かった。まるで、苦しみから逃れようとするかの様に。
どこまでも昇って姿が見えなくなった頃、竜は弾け散った。砕け散ったオロチの肉体が、銀色の雨となり降り注ぐ。
地面が光に覆われ、銀の道が生まれた。剣は、オロチと共に空へと昇りもう手が届かない。
「戻れなくなっちゃったわね」
軽く微笑み、リディアが言った。タリスは頷く。そうして、手を差し出した。彼女は手を取った。
しかし、そのまま座り込んでしまった。
「タリス……」そう、リディアが呟く。
タリスは、彼女を勇気づけたいと思った。思っただけだ。何も言えなかった。もう、この世界にとどまるしかないのか。
「タリス、違うの……」
そう言ってリディアが指さした先には、美しい、金色の竜がいた。懐かしい輝き。
ドミネが優しく、「帰りましょう、二人とも」と言った。
空を飛ぶドミネの背中の上に、タリスとリディアは乗っていた。
「扉は閉じたんじゃないのかしら」そうリディアが言った。
「フェーが閉じないように支えています」
「フェーが?」
「ええ。彼女は、私が遣わしたのです。その時に記憶が混濁してしまったようですが、あなた達を守るために……」
そして監視するために、タリスは心の中で付け足した。だが、それも必要なことかもしれない。
空には、オロチの一部が輝きとなって浮かんでいた。それが、この世界を照らす。いつか魔力も薄まるだろう。もうここは暗黒の世界では無かった。
二人は元の世界の事を想った。
扉は、すぐ近くだ。




