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20. ランス村 愛する人へ

 タリスは一人草原に立っていた。


 彼は夢の中にいる。自分を呼ぶ声が聞こえる。小さく、くぐもった声。


 ドミネが僕を呼んでいる、そうタリスは思った。


 なのに、どうして姿を見せない! 彼は走り出す。声はますます小さく、聞き取りにくくなっていった。


 ここはどこなんだ。霧な晴れている。地面は、草が生えている。そうしてそこは揺らいでいた。

 

 揺らぎと共に、遥か下界が透けて見える。どこまでも続く海。時々、それが草原と一体となった。タリスは走り続けた。いつまで経っても竜は見えない。だが声は聞こえる。


 剣? 聖剣の事を言っているのか? 不安に襲われて足が止まった。そしてそれはもう動かない。夢は現実では無く、虚構へと変わり始めていた。

 色がなくなり、やがて足下も消える。情景は移り変わり、思考が散逸していった。声だけが変わらず響いている。


 タリス、タリス。


「タリス。いつまで寝ているの?」


 リディアに起こされ、彼はベッドを出た。


「リディア? ここは……」


「どうしたの? なんか変よ。ここは船の上じゃない」


 あの後、水の神殿でリディアは倒れてしまった。それをタリスとパウエルが運んできたのだ。


「そうだ、確かに。……君は大丈夫なのかい?」


「ええ。昨日は歩けなかったけど、一晩寝たらすっかり治ったわ」リディアは明るくそう言った。


 それを聞いてタリスは安心した。


 「それなら良かった。それに……」君がいればウィッテも扉を開けないはずだ。彼はそう続けようとして止めた。もし、ウィッテが僕達の言う事を信じなかったら、その時、この言葉が彼女をもっと傷つけることになる。


 船が大きく揺れて止まった。


「着いたみたいね。行きましょう、タリス」


 リディアが彼の手を引っ張った。窓の外にはランス村が見えている。もう、すぐそこだ。



 祭壇の前でウィッテは竜の像を撫でた。ここで封印を解けば、扉は開く。彼は座り、呪文を唱え始めた。その時、頭の中に声が響いた。祈りが中断される。ドミネか、今更何の用だ。


「ウィッテ、あなたがそれをする理由はもう無いのです。昨晩私もそれを知りました」


「黙れ! お前も、セシリアが、彼女が……。そう言おうというのか。チクチャンの様に、俺を惑わそうというのか!」


 ウィッテはそう叫んだ。


「違います、ウィッテ」


「うるさい。もうお前の言うことなど聞かん。彼女が生きているかどうかは、この封印を解けばわかることだ」


 そう決心するとドミネの声は聞こえなくなった。意志が拒絶したのだ。再び呪文と唱えようとする。しかし今度は、現実の声がその邪魔をした。


「ウィッテ、もう止めて……」


 そこにはリディアが立っていた。その後ろに二人、タリスとパウエル。風が唸り声を上げる。ウィッテは微かに笑った。



「そうか、あいつが俺に話し掛けたのは、時間を稼ぐためか……」


 何を言っているんだ? タリスは考えた。あいつ? ドミネの事か。だとしたら……ウィッテには竜の声が聞こえたんだ!


「ウィッテ。あなたが探している人は目の前にいるのよ。だから、お願い……」


 リディアの声と、セシリアの声とが重なる。男の顔から笑みが消えた。


「どうして黙って行っちゃったの?」フェーが息を切らしてそう言った。


「フェー! いつの間に……。ここに来たら危ないって言ったじゃない。あなただって返事をしたはずよ」と、リディア。


 「まあ、彼女も寝ぼけていましたし」そうパウエルが取り成す。その会話を聞いて、ウィッテが再び笑った。


「これで分かった。お前はセシリアではない。彼女はもっと、消しきれない悲しみを抱えていた。大方、俺を騙せとドミネに指示されたんだろう。下らない。

 それに、少し考えれば分かることだ。ここには扉があった。だからセシリアの感覚がするのだ。一瞬でもお前をセシリアのようだと思った俺が馬鹿だった」


「違うわ、ウィッテ。彼女は救われたのよ。あなたに会って、変わることが出来たのよ」


 リディアが言った。


「彼女だと、お前は彼女と言ったな」ウィッテは勝ち誇ったようにそう叫んだ。


 それと同時に銃声が響く。パウエルの手には銃が握られていた。


「パウエルさん!」タリスが叫んだ。弾はウィッテに向かっていく。しかし、魔法がそれを阻んだ。「まさかこれに反応するとは……」パウエルが呟いた。ウィッテが手で埃を払う。


「騙しきれなければ次は、と云うことか……」


「パウエルさん。あなたは、彼を……殺そうとしたんですか!」そうタリスが叫んだ。


「いや、狙ったのは足ですから。こんな場合です。手段は選べないでしょう」冷静にパウエルが答えた。


 それを聞いてタリスは、彼と自分との違いに気が付いた。パウエルさんは世界を、人々を第一に考えている。でも僕は……。僕が大切なのは、リディア。


「ウィッテ! 止めなさい」リディアが叫ぶ。


「もう遅い」


 光の球が宙に浮き、そして弾け散った。


「見ろ! 竜の使いよ。そして伝えるんだ。あの時貴様は間違っていたと。世界と人とを、お前は天秤に乗せたのだ。命は、掛け替えのない。そこに優劣は存在しないはずなのに」


 空間が歪み、闇が溢れ出る。中から、リディアによく似た女性が現れた。


「セシリア……」そうウィッテが呟いた。

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