19.5 竜の騎士
中型の高速艇に乗り、男はランス村を目指していた。たった一人、全てを捨てて。
だがそれもすぐに終わる。そうウィッテは思った。しかし、その後は……?
突然、頭痛がした。徐々に強まっていく。痛みに耐え切れなくなると、彼は操縦室を飛び出した。
自動で船が停止する。デッキに倒れこんだウィッテは空を見上げた。星々に照らされ、夕闇が頬を撫でる中で、意識が薄まっていく。
だんだんと、彼を別の世界へと引きずり込む。
気が付くと、ウィッテは闇の中にいた。目の前に聖剣が落ちている。それを取ろうとして手を伸ばした。だが、横から伸びてきた手が先に握った。
見ると、そこにはウィッテが立っていた。まぎれもない、もう一人の自分。あれは、俺なのか? しかし、髪はまだ黒い。
彼は今は銀髪だった。
もう一人の男は剣を手に呟いた。
「どうして聖剣が光ったんだ? 何かを僕が祈ったというのか。セシリア! でも、扉は開いていない。だとすると、何を……」
闇が薄まり、周りの光景が見え始めた。この場所は……だとすると、あいつは……、ウィッテは考えた。セシリアが行ってしまった時の俺。そうだ、思い出した。あの後、何もできず呆然とする俺の前で、聖剣が光ったんだ。
闇が完全に晴れた。彼の周りを人が囲んでいた。もう一人の彼の周囲を。人々に囲まれ、男は困り切っていた。皆が自分を称賛している。でもそれは僕の事じゃない。
「さすが竜の騎士だ」「あの扉を塞ぐなんて」
「俺じゃない! セシリアが封印したんだ」たまらなくなってウィッテは叫んだ。
「なら何故それを言わなかった」
背後から声が聞こえる。振り向くが誰もいない。
「お前は、それを言って失望されたくなかったんだろう。皆の期待を裏切ったと、そう思われたく無かったんだろう」場所を変え、声が響き渡る。
「結局何もしていないのに、名誉を享受している」「人をだまして、自分だけ得をしている」「ただ彼女の近くに居たというだけで」
違う! 俺がそれを言わなかったのは、セシリアを、皆の中で悲劇にしたくなかったからだ。彼女は人として美しかった。それを、物語の中に押し込めたく無かったんだ。
「お前の言うことは全て欺瞞だ。他人を騙し、自己をも欺く。だから、お前自身の声に裁かれるのだ」
ウィッテは地面を見た。そこには草が、目映いばかりに輝いていた。
「化け物!」
ふと我に返り目を上げると、少女がいた。この子が、それを言ったのか。
「あんたはどうして年を取らないんだ!」
その隣にいた女性が言った。もう一人の彼に向けて。
「あんたは、扉を封印した時、オロチに汚染されたんじゃないのかい?」「そうだ!」「お前が扉を封印しようとなんかするから」「呪われたんだ」「オロチに報復されたらどうする!」「お前のせいだぞ」「何故若いままなんだ。俺たちはこうして年を取っていくのに」
二人目のウィッテは、その言葉から逃れようとして走り出した。その背中に村人が叫んだ。
「出ていけ! 化け物め」
慌ててウィッテも後を追った。
外に出ると、もう一人の自分が叫んでいた。
「どうして僕はあの時のままなんだ! 皆の言う通りじゃないか。たった一人、時が止まっている。聖剣……? そうだ! あの時僕が願ったのは、償いだったんだ。セシリアを一人行かせてしまったことへの。だから剣は想いを叶えた。年を取らないのは、人と交われなくするため。永遠にこの姿で苦しめと、そういう事だったんだ」
そうじゃない、そうウィッテは呟いた。あの時、扉が閉じたのを見て感じたのは、罪の意識では無いんだ。
セシリアを救いたいと、そう思ったんだ。永遠の命は、待つためのものだ。セシリアがオロチから解放され、俺を呼ぶのを。確かに、扉を開けば闇もまた来るだろう。それが何だ! 彼女は呼んでいるのだ。
そう決心したとたん、ウィッテの足下が崩れ、彼は闇の底に落ちていった。
世界が裏返り、夢から現実へと引き戻される。
この旅が終わったら、俺の生も尽きるのかもしれない。再びセシリアに会った時、想いは叶う。その時、剣が俺の命を繋ぐ理由は無いだろう。
闇が切れ、光が彼を包み込んだ。
目を覚ますと、頭痛はすっかり消えていた。
「もう少しだね。あんたの旅が終わるのも」
仰向けになったウィッテを見下ろして、チクチャンが言った。
「お前が来てから、俺は生の意識を取り戻した。あの時、森の中でお前が現れなければ、俺はあのままだっただろう。朽ち果てることも無く、誰にも会わない。そんな生活を続けていただろう。俺は、その事でお前には感謝してたんだ。だが、目的は別にあったんだろう?」
「知ってたのかい?」悲しそうに、チクチャンが呟いた。
「ああ。お前がその名を言った時から気付いていた。だがそれは関係ない。お前に出会えて良かったという気持ちは同じだ。だから俺は、今まで気付かないふりをしてきた。お前はお前の好きにすると良い。……どうせ同じことだ」
「ウィッテ……。けど、彼女は……」
チクチャンはそこで言葉を切った。それ以上は言えなかった。それ言うことは自身の否定に繋がるから。そうしてそのまま宙に消えた。
チクチャンがいなくなると、ウィッテは操舵室に戻った。スクリュー音が響き渡る。
船を動かしながら彼は考えた。さっき、チクチャンは何と言おうとしたんだ? 彼女は、その後は何だ。もしかすると、いや、そんな筈は無い。
確かに「何か」を感じたじゃないか。あれはセシリアのもの、彼女と共にいる時の感覚だった。
それこそがセシリアがまだ生きている証拠じゃないか。ならば、俺のやることは変わらない。このままランス村に向かって、最後の封印を解く。
それで全てが終わりだ。




