19. 竜の巫女
地上に出た二人は、いくつか並んだ空中艇の一つに乗り込んだ。モーターが音を立てて回転し、船は空を行く。風が唸り声を上げた。
「セシリア。さっきの事だけど、闇が魔力って、本当なのかい?」
ウィッテが言った。
「ええ。前に風の神殿で話したでしょ。魔力が光を散乱するから、神殿は輝いて見えるんだって。その時に一部の光は吸収される。だから、大量の魔力の元では、光がなくなるの」
セシリアは周囲を見回した。
「ところで、封印する場所だけど、僕は、神殿とランス村にするのが良いと思う。扉のある場所と神殿なら忘れないだろうし、それに、ランス村には剣の台座があるから」
セシリアが頷いた。
「そうね。転移装置で、一階からすぐに祭壇に行けるしね。でも、あと一つ決めなきゃいけないわ。……あそこ、ウェブオニクスなんてどうかしら」
「あの山かい? だけど、竜神が言うには人に知られたところが良いって……」
「一か所くらい、誰も知らない場所にした方が良いじゃない。だって、一度封印しちゃえば、全部解けるまで扉は開かないんでしょ? それなら、秘密の封印が一個あったら、誰かが魔力を復活させようとしても最後までいけないわ」
そう言うと、セシリアは山の頂に船を降ろした。
空中艇から降りると、セシリアはさっそく、「始めましょう」とウィッテを促した。
そうして、自分はペンダントに蓄えられた魔力を開放する。ウィッテも慌てて聖剣に祈った。光の球が弾けて、宙に吸収された。
「これで終わりかしら」
「たぶん、そうじゃないかな」
再び船に乗り込み、二人は次に向かった。
「やっぱり、封印が終わったら魔力も消えちゃうのかな」
ウィッテがふと呟いた。船は風を掻き分けて進んでいる。
「たぶんね。今、私達は、二つの世界の間に壁を創ってるでしょ。あの男は勘違いしてたけど、それって、繋がりを断つんじゃなくて、もともとぶつかり合ってた世界をバラバラにすることだと思うのよ。魔力って、きっと、空間が衝突した時に生まれるんじゃないかしら。壁が出来ちゃえば、もう世界も衝突しなくなるでしょ? だから、魔力も生まれなくなるのよ」
「確かに……。それにしても、君はどうしてそんな事が分かるんだ。僕なんか全然思い付かなかったよ」
セシリアが首を振った。
「私のアイデアじゃないわ。前に似たようなことが書いてある本を読んだの。その本ではね、転移装置を使った時に、魔力が増える理由を説明してたのよね。それで、今度の事で、二つの世界があるって分かって、しかも向こうにも魔力が存在してた。だから、転移装置を使った時に起こる空間の重なりが、いつでも起こってたんだなって考えたのよ」
「そうなんだ。でも、そうやって知識を使えるって事がすごいよ」
「ありがとう。なんだか、前にも同じような話をした気がするわね」
セシリアが笑ってそう言った。
それからも二人は封印を続けた。日が暮れるとテントで休み、そうして次の場所へ向かう。ウェブオニクスから始まった旅は、風、地、火の神殿と続くにつれ、終わりに近づいていった。そうして、水の神殿でも封印を終えた二人は、その神殿の入り口まで来た。
日が暮れ、風も無い中で、闇は月明りすらも奪い去っていた。
ウィッテとセシリアは魔法を使い、自らの周囲を明るく照らしている。
たった数日ではあるけれども、この旅でセシリアは疲労していた。旅の結論、それが彼女の精神を消耗させた。
このまま行けば、今日中にも扉は閉じる。だがセシリアにその力は残っていない。彼女は、今日はもう寝ましょう、そう提案した。
寝袋の中で、セシリアの周囲では、様々な言葉や光景が閃いては消えていった。光と音の奔流に流される。
私は明日、オロチのいた世界に行かねばならない。どうして? あなたは、その答えをすでに知っている筈よ。
扉を閉じるには、その元凶を断たねばならないの。オロチ、彼が空間を繋げているのだから。その力を何とかしなければ……。私が彼を殺すの?
違う、あなたはオロチの力を弱めてやれば良い。一瞬でもそれが出来れば、扉は閉じる。そうすれば、封印が機能して世界が分断されるわ。
穴があっては壁が創れない。まずはそれを塞いでから壁を創るの。出来るかしら? オロチ相手に。彼は弱っている。
ドミネとの戦いで傷つき、眠っている筈。だから、私はただ竜の前に行って祈るだけで良い。残った魔力でオロチを封印する。少しの間、扉が閉じるまで。
いつの間にか朝が来ていた。暗がりの中で、セシリアは目を覚まし、寝袋から這い出す。昨夜の疲れはほとんど消えていた。
おはよう、そう言ったウィッテは、すでに朝食の支度を始めていた。もうすぐ出来るから、待ってて。
食事が出来上がり、それを食べながらウィッテが、
「セシリア。もしかして君は、封印をやり遂げるかどうか迷ってたんじゃないかな」
そう話を切り出した。
「どうして? そんなこと無いわよ」
「それなら僕の勘違いだ。でも、昨日考えたんだけど、君はアルテーシスで、魔力が消えたら文明も失われてしまうって言ってたと思う。だけど、違うんだ。魔力が消えて、情報が無くなってしまっても、人が積み重ねて来た生活、考え方、それは無くならない。形は変わっても、それは継承され、残っていくものなんだ。文明が残らなくても、その一番大事なところ、精神まで消えてしまう訳じゃない。物はいつか壊れてしまう。けれど、物によって生まれた思想、芸術は伝わっていく。文化は、物質とは違った選択の波で磨かれ、強化されるんだ」
ウィッテは全てを言い終わると、恥ずかしそうに笑った。セシリアは微笑んだ。そうして、「ありがとう」と言った。
食事を終え、セシリアが立ち上がった。「行きましょう、ウィッテ」空中艇は飛び立ち、空へと向かう。薄暗い中を、ひたすら進んでいった。
「これで、旅も終わりね」
ウィッテが黙って頷く。時と共に、二人はランス村へ近づいて行った。
ランス村に着くと、二人は船から降りた。
「やっぱり誰もいないわね」
セシリアは周囲を見回した。
「そうだね。……オロチは、どうなったのかな」
「あら、もう追い返したって竜神が言ってたわよ」
ウィッテは腕を組んだ。
「おかしいな。どうして僕には聞こえなかったんだろう?」
「まあ、良いじゃない。とにかく始めましょう」
セシリアはそう言ったが、それからふと考え込んでしまった。どうしてだと自問する。
今考える事なんて無い筈。封印はするべきだわ。それは決まっている事。
「セシリア! ……大丈夫かい?」ウィッテが叫んだ。
いつの間にか彼女は、その場に座り込んでいた。
「ええ。なんともないわ」
そう言って起き上がろうとするセシリア。しかし、息が切れて体が上手く動かない。何とか立ち上がると、ゆっくりと祭壇に向かった。その間に息を整え、気持ちも落ち着いて来た。
「もう大丈夫よ。じゃあ、最後の封印をしましょう」
祭壇の前に立ってセシリアが言った。良いのよね、ここで。祭壇に封印すれば、ここに封印があるって、皆覚えていてくれるものね。
セシリアが魔力を取り出し、聖剣がそれを使う。光の球が弾け、封が宙に吸い込まれた。しかし扉は閉じない。
「どうして……」
ウィッテが呟いた。セシリアが理由を説明する。
「そんな、君が犠牲にならないと扉が閉じないなんて!」
言ってしまってから失敗だと気付いた。それは言うべきでは無かった! しかし、彼女は優しい微笑みを浮かべた。
「そうよ。私は、向こうに行かなくてはならない。それは誰のせいでもないわ。ただ、あの世界の魔力に耐え、それを行使出来る人が私しかいないと云うだけ。ドミネは、先の戦いで疲弊してしまった。……私が、行くしかないのよ」
自らに確認するようにそう呟くと、セシリアはすぐ扉をくぐった。
ウィッテに、共に行くと言わせないために。そうして、奥まで進んでからペンダントを外し、ウィッテの近くに投げた。
これはいらないわ。向こうに魔力はたくさんあるもの。ごめんね、最後まで言えなくて。こんな終わり方にしちゃって。さようなら、ウィッテ……。
「それから、私は暗い中を真っ直ぐに進んで行った」
リディアは目を閉じ、絞り出すようにして言った。タリスは静かにそれを聞いている。
「魔界は、思ったより狭い場所だったわ。空が低く、風も停滞している。小さな空間に全てが押し込まれているの。だから、魔力も溜まり続け、やがて闇になる。ここと違って、生まれたばかりで、未熟な世界だった。私は、拡散せず留まり続けた魔力を使って、オロチの力を抑え込んだ。扉が閉じてからも、ずっと、時を止めて……」
全てを語ったリディアは、タリスの方を見た。
「タリス、行かなくては……」しかし、足がもつれて歩けなかった。
「リディア!」タリスが彼女の体を支えた。
「今は休むとして、明日出発することにしましょう」
そうパウエルが言った。リディアは首を振った。
「いいえ、今行きましょう。急がないと……。私は、船で休めるから……」
どちらにせよ時間が無かった。パウエルが先に進む。少し遅れてタリスも続き、妖精が後を追った。船まで、ほんの数百メートルである。




