17. ペンダント
ある日、セシリアは研究室の様子がいつもと違っていることに気が付いた。
どうしたのかしら。そう思った彼女は、同僚に何があったのか尋ねた。その答えを彼女が受け入れるのに、少し時間が掛かった。
まさか魔法石が完成するなんて。それにしても、どうして皆落ち着いているんだろう? 魔法石が完成したのなら、もっと喜んでいたって良い筈。
そんなことを考えていると、後ろから彼女を呼ぶ声が聞こえた。仕方がないので研究長の方へ向かった。机の前まで来ると、男はすぐに話し出した。
「ああ、来たか。まあ君も聞いているだろうけどね。昨日、……もう聞いただろう?」
来たか、なんて、あなたが呼んだんじゃない。セシリアはそう感じたが、黙って頷いた。
「はい。その、魔法石が完成したとか……」
「そうだよ。君も休暇中に完成して気の毒だがね。たった一日で見逃すなんてさ。まあ良いか……。見たいだろう? その我々の研究の成果を」
セシリアは頷き、返事をした。すると、男は上機嫌で立ち上がり、すぐ後ろの棚から箱を取り出した。
「ほら、これだよ。意外に小さいだろう? ちょっと見ただけじゃ綺麗な宝石ってとこだ」
そう言って彼は、石を容器から取り出そうとした。しかし、すぐそばにいた研究員に止められてしまった。
「何してるんですか。ここで出したら昨日みたいなことになりますよ」
「いやあ、冗談だよ。ほら、な、ちょっとした……」
「あの、何かあったんですか?」
そうセシリアが尋ねた。
「ほら、君。教えてやれ」
促されて先程の研究員が説明を始めた。
「セシリアさん。昨日は大変だったんですよ。まあ、良いですけど。この石はですね、以前から言われていた通り、魔力を蓄える性質を持っているんです。
しかし、蓄えるだけなんですよ。しかも勝手に。ですから、昨日たまたま完成した時は、この部屋中の魔力を吸い取り続けて、部屋の中にある機器が危うく使用不能になる所だったんです。
複雑な機械の電源を突然落としたらどうなるか、あなただって分るでしょう? 分かりましたか?」
セシリアにはよく理解できなかった。そこでそのことを伝えた。ごめんなさい、私には難しすぎたものだから……。
「あれだけ言って分からなかったんですか? つまり、完成した魔法石は、周囲の魔力をどんどん吸収してしまって、それで辺りの魔力が無くなってしまうんです。
しかも、蓄えられた魔力は誰にも使えず、機械でも取り出せなかったんですよ。
魔力を遮るこの箱に入っていれば安心ですけど。まあ言ってしまえば、役に立つ代物じゃないってことですね。もうこれで良いでしょうか。私も忙しいんだから」
そう言うと彼女は机を離れてしまった。
「まあ、そういうことだ。分かってくれたかね?」
研究長の問いにセシリアは頷いた。すると彼は、
「それは良かった。ところで、君もこの石をもっとよく見たいだろう?」
と言って、セシリアに箱を渡した。透明な容器の中で、魔法石はキラキラと輝いている。
彼女が石を見ていると、その光は徐々に強まっていった。
そうして輝きが部屋中を照らし、研究員達の視線が集まっていく中で、セシリアはどうしていいか分からなかった。
私が手に取った途端に、魔法石が輝きだした。
ああ、箱が壊れるわ。
容器が砕け、魔法石が外に出た。それから、それはセシリアが以前から欲しがっていたペンダントと同じ形になった。
「おい、また魔力が無くなるぞ」
誰かが叫んだ。
騒ぎが収まると、セシリアの手元には、ペンダントの形になった魔法石が残された。
「君、さっきのはどうやったんだ。箱から出して、大騒ぎだったじゃないか」
研究長が咎めるように言った。セシリアは頭を下げた。
「ごめんなさい。私にも分からないんです。突然、魔法石が光ったと思ったら、こんなことに……」
「まあ、結局何も壊れなかったから良いか。とにかく、明日は君の検査をすることになるだろうから、心の準備はしといてくれよ。おそらくだが、このことを上に報告したら、何故君だけが魔法石を使えたのか調べろ、と言ってくるだろうからね。そうしたら、他の人と君のどこが違うのかを明らかにする必要があるからさ」
はい、とセシリアは答えた。
結局、研究長の言った通り、翌日からはセシリアの検査が始まった。
まず血液を採取し、それから身体能力を測る。それらは何日にも渡って続けられたが、中には、血管に糖を注射し、それが脳のどこで多く消費されているかを調べる検査まであった。
そうして一通り終えてしまうと、今度は精神のはたらきについても調べられた。
セシリアは日々を検査に費やし、疲労が蓄積されていった。だが、その辛さも、魔法石が世界中で利用されるようになる日の事を思うと、絶えることが出来た。
もしそうなったら……、セシリアは考えた。人々は今まで以上に快適な生活を送り、怪我や病気に悩まされることも無くなるんだわ。
しかし、全ての検査を終えて明らかになったことは、セシリアの精神と肉体が魔力とよく調和する、という事だけだった。
多くの人は、石に蓄えられた大量の魔力に耐えることが出来ず、そのため、精神が魔法の使用を拒絶してしまうのだ。 もし誰かに無理やり魔法石を使わせたとしても、すぐに精神が崩壊するか肉体が砕け散ってしまうだろう。
それは機械についても言える。
石に蓄えた魔力を利用するためには、また新たな物質を一から生み出さなくてはならない。
しかも、それで全ての部品を作る必要があるのだ。
落ち込むことはない、その事が分かったことで研究が一段階進んだのは確かだ。ただ今まで見えていなかった困難があったに過ぎない。
そう言って周囲の人はセシリアを慰めた。だが、彼女は疲れていたし、それは励まされたからといって回復するものでは無い。
彼女は休暇を申し出た。ほんの短い間だけれども、空中艇と転移装置を駆使すれば、世界中を巡ることの出来る期間。
旅行に行くためには、様々な調整をする必要があった。仕事を片づけ、休暇中の事も考えておく。誰かに頼むか、無理してやってしまうか……。
しかし、それらの作業は楽しくもあった。セシリアは毎日、すぐ先の旅行に思いを巡らせた。どこへ行こうかしら。ウィッテも誘いたいわ。そうして計画も立て終わり、無事に旅の同行者も決まった頃には、待ちに待った休暇が間近に迫っていた。
出発の日、アルテーシスにある転移装置の前で、セシリアとウィッテは待ち合わせた。
「セシリア、本当にそこだけで良いのかい? 行こうと思えばもっといろいろな所に行けるよ」
セシリアは楽しそうに笑った。
「良いのよ。この旅ではゆっくり神殿を見て廻りたいの。だって、不思議じゃない? 魔力は世界中に存在するのに、その濃さは違うだなんて。神殿とか、ランス村とか、どうしてそんなに魔力が強いのかなって、ずっと思ってたの。だから、一回見てみたかったのよね」
ウィッテが頷き、二人はレンタルした空中艇に乗り込んだ。
セシリアの操縦の下、船は風をかき分け、空と海とに挟まれて真っ直ぐに飛んで行った。
「こうして飛んでいると、このまま風の中に入ってしまいそうね」
二人は笑い合った。そうして、やがて陸が見えてくると、セシリアがそれを指さした。
「見て! あそこ、皇都テシトゥーラスよ。ねえウィッテ、知ってる? あそこはね、町全体が魔法で造られたのよ。何にもない所から石材を生み出して、そうして出来上がったの。だから、継ぎ目も無くて、真っ白な建物ばかりでしょ」
ウィッテは空中艇から身を乗り出した。
「どう? 綺麗だったでしょ」
そうセシリアが言った。
「うん。でも、魔法でものをつくるのはすごく大変なんでしょ。あれだけ巨大な都市を魔法でなんて、すごい事じゃないか」
それから一時間程掛けて、最初の目的地、風の神殿に着いた。入り口の前に船を降ろし、二人は建物を見上げる。
「光っているようだけど、これも魔力のせいなのかい?」
ウィッテがセシリアに尋ねた。
「そうよ、強い魔力は光を散乱するの。しかもね、神殿によって光の色が違うのよ。ここは緑でしょ、火の神殿は赤でしょっていう風にね。光の色にちなんで神殿の名前が付けられたって言うくらいだから……。ねえ、中に入りましょうよ。中はもっときれいよ」
二人は入り口をくぐった。内部では、小さな光の塊がまるで蛍のように辺りを漂っていた。
「本当にきれいだ」そうウィッテが呟いた。
輝きに満たされた道を、祭壇に向けて進んで行った。
「ねえ、セシリア。魔法石が完成したって聞いたけど……」
「あら、知ってたの? そうよ、確かに石は完成したわ」
輝きと輝きがぶつかって爆ぜる。周囲がさらに明るくなった。
「おめでとう。研究の成果が出て」
セシリアが微笑んだ。
「ありがと。でもね、まだまだよ。魔法石は出来たけど、私しかそれを使えないの。それで、とりあえず石は厳重に保管されることになったわ。しばらくは使わないだろうから」
その様にして二人は、四つの神殿を全て巡った。それぞれの場所ではテントを張って泊まり、時間を掛け、ゆっくりとこの旅を楽しんだ。
そうして短い休暇が終わると、再び忙しい日々が戻ってきたが、以前のそれとはどこか違っていた。自分が存在していると感じる。あのときの、ウィッテと海岸で話した時の感覚がいつでも感じ取れる。そんなことはセシリアにとって初めてだった。
それからは平穏な日々が続いた。これまで通り研究をし、時々ウィッテに会い、毎日が過ぎ去っていく。
しかし、ある時から、多くの機械の不調が続くようになった。しかも、新しい物から古いものまで脈絡なく壊れていく。
皆はその原因を探った。そうして、以前に比べて魔力が濃くなっていることが明らかとなった。
過剰なエネルギーが機器に負担をかけていたのだ。だが、魔力が増える理由は誰にも分からなかった。
とりあえず言える事は、この異常は世界中で起こっていることと、人々の暮らしに甚大な影響を及ぼしつつあることだけだった。
日が経つにつれて、魔力はその濃度を増していった。そして、魔の急激な上昇と共に、ランス村で空間が歪んだ。
二つの世界が繋がり、闇が溢れ出る。人々は恐怖し、そして死んでいった。肉体が闇に耐え切れずに……。
やがて、世界が闇に覆われた頃、扉からオロチが出て来た。生き残った人々を、向こうの世界の竜が喰らっていく。
オロチが現れた日、セシリアは竜神の声を聴いた。ドミネは、オロチは自分が追い返すから、と言って彼女に封印を頼んだ。
「封印は六つ。場所は、世界中に散らばっていればどこでも構いません。しかし、人に知られたところが良いでしょう。維持しなくてはならないから……」
それから竜神は封印の方法を教えた。
「竜の騎士と、あなたとで、祈るのです。まずあなたが魔法石から力を取り出す。そうして、その力を聖剣に使わせる。二つの世界を繋ぐ通路を断ち切らせるために、間に壁を創るのです」




