15. 記憶の階段
太陽から降り注ぐ光を、海が元あった場所に還そうとしていた。
タリス、リディア、パウエル、それにフェーを乗せた船は再び海原に沈み込んだ。船は白い波をかき分け、四人を水の神殿へと運んで行く。
「前よりも速く進んでいるみたいね」リディアが楽しそうに言った。
「その様ですね。デュプレさん達の腕が良かったからか、あなたの作った部品が高性能だったからか」
タリスがはっとした。
「どうしたのですか? タリス」
「今、竜神の声が聞こえて……。すでに火の封印が解かれているって」
パウエルが、「そうですか」と呟いた。「では、あと一つですか……」
しばらくして、フェーが上空を指さした。「見て!」空には島が浮かんでいる。
「あれは……。一体何だろうか」タリスが呟いた。
「空に浮かぶ島とは……驚きましたね。まったく、この旅を始めてから様々なものを目にする」
皆が驚く中、リディアはぼんやりと空を見上げていた。
「ああ……。またアルテーシスが浮かぶなんて。魔力が、それほどまでに強まっているんだわ。封印が解けて、失われた力が再び……」
「リディア?」そうタリスが言った。
「良かったじゃん。目が覚めたみたいで」
空を蹴ってチクチャンが現れた。
「あなたは、確か風の神殿で……」
「それだけじゃないよ。聞いてないのかい?」
タリスはセルギアでの出来事をパウエルに説明した。
「なるほど。それでまた、今回は何をしに来たのですか?」
「見に来ただけだよ。竜の神子がちゃんと目覚めたかどうかをね」
パウエルは考える仕草をした。
「わざわざ姿を現して、ですか。それにしても、あなたは私たちにヒントを与えているように見える。今回の事にしてもそうです。リディアが目覚めなければ、我々の旅はそこで終わっていた。しかしそれだけとも思えない。あなたは一体どういうつもりなのですか?」
チクチャンは黙ってしまった。しかし、やがてゆっくりと、
「……一つの想いを叶えた後で、また新たに想うことが出来ると思うかい? タリス、今お前の耳に剣の声は届いていないはずだ」
確かに、タリスは今まで感じていた鼓動を感じ取れずにいた。あの時、テシトゥーラスの光景を見てからずっと続いて来た感覚が、今ではもう消えていた。
「そうなのですか?」パウエルの問いかけにタリスは頷いた。
「ふむ。すると、それがあなたの目的だった訳ですか?」
チクチャンは何も答えずその場で消えてしまった。リディアが悲しそうに空を見上げた。
水の神殿のある島まではそれから十日程で着いた。四人は船を繫留し、島に降り立つと、すぐ近くの神殿に向かって歩き出した。
「これで私達の旅も終りね」リディアが言った。
「ええ。上手くいけばですが」
タリスが、「この後、リディアが入り口を塞ぐんだったよね」そう目的を確認した。
その時、「待ってください。あれは……」パウエルが呟いた。
彼の指さした方向を見ると微かに光が昇っていた。神殿から光が……。四人は走り出した。「これじゃあ、もう」タリスが叫んだ。
「とにかく急ぎましょう」
神殿に入ると、パウエルが、「風の神殿と同じ構造みたいですね」と言った。
「時間がないのに」タリスは焦っていた。構造なんて確認している場合ではない。
世界が、そして自らの努力が否定されようとしているのだ。
「こっちよ」そうリディアが言った。
彼女は円形の台に乗っている。
「何ですかそれは」とパウエル。
「転移装置よ。これで祭壇に行けるわ」
「どういうことです?」そうパウエルが聞いたが、リディアは答えず、「急いで!」と叫んだ。
「しかし……」
「大丈夫だよ」とフェー。
「リディアの言う通りにしなよ」
そう言われて二人も「転移装置」に乗った。
しかし何も起こらない。
リディアは、「おかしいわね。魔力が足りないのかしら」と呟いて目を閉じた。ペンダントが輝き、四人はそこから消える。
移動した先は祭壇がある部屋の端だった。そこにも入り口と同じく円形に盛り上がった部分がある。そこに彼等は転移したのだ。
「あれは……」
祭壇を見たタリスが呟いた。竜の像が粉々に砕けている。
「遅かったようですね。……マントの男も居ませんか」
パウエルは口元に手を当てて考えた。
「パウエルさんはどうして落ち着いていられるんですか。世界が、闇が……それなのに!」
「落ち着いてるように見えましたか? しかし、そうかもしれませんね……」パウエルは考え込む。
「タリス、慌てないで。まだ間に合うわ」リディアが言った。
「何を……? リディア、どうしたんだ。一体、君は……」
タリスが独り言のように言った。
フェーが動くのを止めて静かに浮いている。
「封印は全部で六つ。四つの神殿と、ウェブオニクス山、それにランス村。だから、まだ残っているの」
「なるほど。確かに、扉がある場所になら封印が施されていても不思議ではないですね。しかし、ウェブオニクスとは聞いたことのない山ですね」
「あそこは秘密の場所。誰かが封印を解くのなら、誰も知らない場所に施せば良い。そうすれば、全て解かれるということは無くなるから」静かに、リディアが答えた。
タリスは足下が冷えてくるように感じた。風も無く、雪も無い中で深々と這い上ってくる冷気。
「リディア……」彼はそう呟いた。
目の前の少女は目を細める。
「私はリディアじゃないわ。私の名前はセシリア」
時が巻き戻り、熱は急速に失われていく。窓からの光が、過去への階段を思わせた。




