13. 眠り姫 いざセルギアへ
タリスは薄く霧のかかった空間にいた。彼は以前と同じく周囲を見回し、そうして待った。透き通っていて、小さく響き渡る、「声」を。
やがてそれが来た。
「タリス。あなたの心は決まりましたか?」
ドミネは柔らかに、そして諭すように言った。
「もうあまり時間はありません。地の神殿でも封印が解かれてしまいました」
タリスは意味も無く頷き、唾を飲み込んだ。
「分からない。僕はこれまで、封印を維持することが自分の使命だと思っていたし、今でもそうだ。でも、剣は応えてくれなかった。だとしたら僕は、一体何を想って努力してきたんだ? 何が足りないのだろうか」
「それは……。確かにあなたの想いは本物でしょう。それでも、迷いがないわけじゃない」
一瞬、竜神の姿が見えたような気がした。けれどすぐに霧の中で乱反射する光に紛れて見えなくなってしまう。
「前に、これまでの騎士が願っていたから、剣は封印の鋳型としてはたらいていた、そう言っていたと思う。じゃあ、僕以上に想っていたのか? 全ての騎士が……」
「今は、剣も二つの間で揺れています。だから、今までの騎士以上に強い想いが必要なのです」
「二つの間?」
返事は無かった。タリスの周りで霧が震え、一瞬だけ足下が見えた。緑色の底が見えない海。
「まただ。僕に何か言って、それだけだ。質問には答えない。あなたは神なのに、どうして」
「……私は神ではありません」
絞り出すような声だった。タリスは、「でも、あなたは世界を創った」と呟いた。
「確かにこの世界は、私が生まれると同時に私によって創られた。だけど、ただそれだけ。私は自然の成り行きとして世界を創った。丁度、生物が新たな生命を身ごもるのと同じように。だから、私はこの世界の親。子を産み、そして導いていく存在」
タリスにはよく理解できなかった。彼にとっての神はドミネが言ったような存在だった。世界を産み、導く。
「分からなくともかまいません。タリス、あなたは封印の事を考えてください……」
霧が濃くなり、深い眠りがタリスを包んでいった。
翌朝、いつもより早く目覚めたタリスは、リディアの様子を見て安心した。ベッドの上で眠っている彼女の表情には昨晩の衰弱した様子はなく、いつもと同じく健康そうな安らぎだけが存在していた。やがて起きて来たパウエルも、同じ感想を抱いたらしく安堵の溜め息をついた。
「この様子だと、今日中には動けるようになりそうですね」
確かめるようにタリスが言った。
「ええ。ですが、あれだけ疲れていたというのに、今日にはもう回復してしまうとは。いつもこうなのですか?」
「いや、あんなに大きなものをつくったのは初めてだから……」
タリスは黙り込んでしまった。その様子を見て、
「まあ、あなたも昨晩はあまり眠れなかったでしょうから、今日はゆっくりすると良いですよ。リディアもじきに目覚めるでしょう」
そうパウエルが言った。
しかし、この日リディアが目覚めることは無かった。
昼頃起きて来たフェーはしきりに首を傾げながらも、「大丈夫だよ!」と皆を励ましていた。
翌日、日も暮れた頃、目を覚まさないリディアを心配したデュプレは、彼女を医務室へと運ぶことを勧めた。
その提案に従い医務室に行くと医者は、自分にできるのは点滴をすることだけで、いつ目覚めるかは分からない、と言った。
「点滴?」とフェー。
「こうして持続栄養を取らせないと栄養失調になるからな。まあ、このまま目を覚まさないようなら、もっと大きな施設に入れる事も考えたほうが良い」そう医者が言った。
デュプレは腕を組んだ。
「ここいらで受け入れてくれそうなのって云うとセルギアか」
「まあそうだろうね。私はすぐにでも良いと思うんだが、そちらの方はどう思うかね」
「私ですか? では、二、三日様子を見てからにしましょうか」
パウエルは慌てて言った。
「確かに、このまま行けば二日後に一番近づくしな。じゃあ、先生、パウエルさんもそう言ってることだし、あと二日頼みますね」
二日経った。結局この日までにリディアが目覚めることは無かった。セルギアに着くまでの数時間、タリスとパウエルは船室の中で過ごした。
「パウエルさん。セルギアってどういう所なんですか?」
遅めの朝食を食べながらタリスが尋ねた。
「セルギアですか? まあ、慈善団体と言ったところですよ。あそこは怪我や病気をした人を無償で治療したり、親のいない子供の扶養、教育なんかを行っているはずです」
「そうなんですか」タリスは水を口に含んだ。
「リディアが心配ですか? 大丈夫ですよ。セルギアの技術はかなり優れていますから。
限られた空間で暮らしていた人々が、徐々に共同体としての意識と、科学とを発展させてきた。あそこに入れられた孤児たちは、幼少期から高度な教育を受けますからね。自然と優秀な人材も増えます」
そう言うと、パウエルは立ち上がって窓から海を見た。食器は既にからとなっている。
「デュプレさんは、数時間程で着くと言っていましたね」
そう彼は呟いた。
時間が過ぎ、窓には小さな島が映っていた。船室の二人は、何を考えるでもなくぼんやりとしていた。そうして、戸がノックされた。
「着いたみたいですね。パウエルさん、行きましょう」
そうタリスが言った。




