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9. 竜神 霧の子守歌

 神殿の入り口まで来た時、すでに外は暗くなっていた。


 「今夜は神殿の中で寝ることにしませんか?」


 そうパウエルが言った。


 外に比べて神殿内部は暖かかったし、それに、周囲が壁に囲まれているため安心感があった。そんな理由から、パウエルの意見に反対する者が出るはずもなく、四人はさっそく夕食を取ることにした。


 食事と言っても缶詰による簡素なもので、単に栄養を補給するために行っているようなものだともいえる。

 しかし、味は悪くともカロリーは十分だったし、満腹感は心を満たした。


 食事の途中、パウエルが、

「あのチクチャンと言う女性は、本当に我々をからかいに来たのですかね」と言った。


 しかし誰もそれに答えず、その質問はしばらく宙を漂っていた。そしてその余韻も消えかけた頃、ようやくリディアが、「分からないわ」と呟くように言った。


「そうですね。からかいに来ただけというのが疑わしいと言っても、それ以外の理由も思いつかない」


「チクチャンが意識だけで存在してるっていうのはどうだろ?」

 

 タリスが言った。


「それも本当かどうかは分かりませんが、目の前で突然現れたり消えたりしていますからね。何か特別な能力を持っていることは間違いないでしょう」


 それからはいつもの雑談に戻った。そうして食事を終え、片付けが済むと、各自自分のエアマットに空気を入れた。この日は皆早く床に就いた。



 その晩、タリスは不思議な夢を見た。


 夢の中で、彼は足下すら見えない濃い霧のかかった場所に、一人立っていた。


 タリスは今自分がどこにいるのかを確かめようとして、周囲を見回したり、数歩歩いてみたりしたが、自分の足音が反響するばかりで何の役にも立たなかった。


 だが、しばらくすると話し掛ける者が在った。その声は女性のそれの様ではあるが、この世の物とは思えないほどの美しさと神々しさとを内に秘めている。


「タリス、聞こえますか?」


 直接頭の中に話し掛けてくるような声を聞いて、タリスは振り返った。しかし何者も見つけることは出来なかった。


「タリス、あの者の言葉に惑わされてはいけません」

 

「あの者? チクチャンの事か。どうして、僕が彼女に会ったと知っているんだ」


「それは、私があなた方の住む世界を見下ろしているから」


「見下ろしてるだって? あなたはいったい何者なんだ」


「私の名はドミネ。私が姿を見せられないのは、三百年前の傷がまだ完全には癒えていないから。目覚めが近づけば、徐々にこの霧も晴れ、あなたに姿をお見せすることも出来ましょう」


 そう「声」は答えた。それを聞くとタリスは吃驚して、

「じゃあ、あなたが竜神? そんな、どうして今……」と言った。


「それは、あなたが迷っているから」


「迷っている? やっぱり、チクチャンが言っていたことは本当だったのか!」


 タリスの言葉を聞いて、ドミネは柔らかに諭した。


「最後まで聞いてください。タリス、あなたは本当に封印をして良いのかどうか迷っているのです。あなたは、封印の伝承に疑問を抱き始めている。それが、あなたに封印をすることを躊躇わせているのです」


「どうして、そんなことを……。僕は疑問なんか持っていない」


「あなたは初めて見る世界に触れ、魔界の存在を信じない人々の存在を知った。そのことがあなたの心に変化をもたらしたのです。

 あなたの全てであった騎士としての使命が揺らぎ始めた。確かに、それを認めるのは辛いこと。自分の価値観を変えるということだから。けれど、それは否定ではない」


 ドミネがそう言うと、タリスはその言葉を飲み込もうとしてしばらく考えた。


「……でも、封印をするかどうか迷っていても、剣に選ばれている限り、封印を施す事は出来るはずじゃないか。聖剣は封印の鋳型なんだから」


「聖剣は鋳型ではありません。聖剣とは人が想い、願ったことを叶える物。あなたが迷っている限り、その想いは剣に伝わらない。だからタリス、あなたは迷いを断ち切る必要がある」


 そう、ドミネが言った。タリスは、「どういうことだ?」と呟いた。


「これまで聖剣が封印のみを行っていたのは、歴代の竜の騎士がそれを願っていたから。

 しかし、聖剣とは本来、人の想いを受け入れ実現するための物。剣に選ばれし者が真実に願った時、剣はそれを叶える。おそらくどんなものでも。

 だけど、少しでも迷いがあれば剣は応えない。タリス、あなたは何を想うのですか?」


「僕の、僕の想いは……」


 タリスはそう呟いたが、その答えを出す前に目を覚ましてしまった。



 目を覚ましたタリスは神殿の外を見た。そこはまだ闇に支配されている。闇、その響きがタリスを怯えさせた。彼は、その恐怖から逃れるために再び眠ろうとした。


 しかし、中々眠りは訪れなかった。彼の周りには陰鬱な空気が漂っていた。自分の心が生み出す、消しきれない何か、それが彼の精神をおびやかした。


 彼は眠りに落ちることよりも、目覚めることが怖かった。目覚めたばかりの弱い心に、使命を疑わせたくはなかった。

 信じることで、彼はここまでやってこれたのだ。


 これからは、何を目指せばいいのだろう。。

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