第9章:大統領就任と「影の制圧」
27:プーチンの戴冠と復権への誓い
クレムリン
2000年、ウラジーミル・プーチンが大統領に就任。彼の演説は、ソ連崩壊後の混乱から脱却し、「偉大なロシア」を復権させるという、強い意志に満ちていました。
プーチン(演説):「我々は、失われた誇りを取り戻さねばならない。ロシアは、再び世界にその力を見せつけるだろう。そのためには、『安定』と『規律』が必要だ。」
この「安定と規律」を内部から強制するための、最も鋭い刃こそが、プリコジンでした。プーチンは、彼のKGB/FSBのネットワークと、プリコジンが作り上げたワグネル(影の組織)の実行力を組み合わせ、国内の支配を完成させにかかります。
28:オリガルヒへの「服従の儀式」
プーチンの最初の標的は、エリツィン時代に巨万の富と権力を手に入れ、国家権力を私物化しようとしていたオリガルヒ(新興財閥)たちでした。
プリコジンの暗躍:
情報による弱点掌握: プリコジンは、彼らの「秘密の資産、脱税、西側諸国との不透明な取引」に関する詳細な情報を収集し、プーチンに提供しました。これは、彼の情報ドメインにおける優位性の集大成でした。
粛清と見せしめ: 抵抗し、プーチン体制に服従を拒否したオリガルヒは、容赦なく排除されました。彼らは逮捕され、資産は国有化されるか、プーチンの意向に従う別のオリガルヒに「移譲」されました。
プリコジンは、あらゆる手段を使って敵対する者を密かに始末しました。
窓からの転落、食中毒、不審な飛行機事故、そして公には明るみに出ない「行方不明」。彼の組織は、「事故」や「病死」を偽装する技術を極めていました。
プリコジンの組織が動いた後、プーチンに対抗する者は、クレムリンの周りから一人、また一人と姿を消していきました。彼の「影の制圧」は完璧でした。
29:西側の戦略的黙認
西側諸国(特にCIAやヨーロッパの情報機関)は、プーチンとプリコジンの「非道な行い」、特にオリガルヒの粛清や人権侵害について、情報を掴んでいました。
しかし、彼らは「戦略的な理由」から、「少々の非道な行い」を黙認しました。
不安定なロシアの回避: 90年代の混乱を経た西側諸国は、「制御不能なロシア」が核兵器とともに崩壊することを最も恐れていました。プーチンが独裁的であっても、「安定した」ロシアの方が、彼らにとっては予測しやすい相手だったのです。
「影の力」の軽視: 当時、西側はプリコジンのトロール工場やワグネルの真の力を過小評価していました。「彼はプーチンのチンピラ上がりの掃除人に過ぎない」と。彼らの油断が、後にワグネルという怪物が世界へ飛び出す隙を与えることになります。
西側諸国の情報機関は、その事実を知りながら、報告書に「重大な懸念」とだけ記し、静かに目を閉ざしました。彼らは、自分たちの都合の良いようにプーチンの権力を利用できると考えていたのです。




